第69期 #1
アーサには兄弟が50000いた。いつか、母親からそう告げられた。
或る時50000の兄弟の内の誰かが、西を目指そう、と言った。声の主は誰だか知れないが、そこは血縁、100000の爪先が瞬時に西へ向いた。幼いアーサも従ったが、彼の、どうして西なの、という小さな呟きは、50000の雑踏の波に消えた。
西を目指す道中、50000の兄弟は幾つもの町や村を通り過ぎた。そこで居を構える決意をした兄弟がいた。中には人攫いに攫われる兄弟もいて、アーサは四歳の時その兄弟に鉛筆を一本貰った事がある様な気がしたが、似た兄弟であったかも知れぬ。何せ50000もいたので。
45000の兄弟の道行きは、陽に愛でられてばかりでは無かった。大嵐では3000の兄弟が吹き飛ばされ、雷光に500が焼け、1500が吹雪で氷漬けの兄弟になった。そうして40000の兄弟になった頃に質の悪い風邪が蔓延し、たちまち38000の兄弟になった。アーサも少し洟は出たものの、概ね健康であった。
近隣を荒らし回る盗賊一味が棲み着いているという深い森に差し掛かった。噂を聞いた1000の兄弟が森に分け入り、盗賊一味を追い出した。が、そのまま1000の兄弟は森に棲み着いて、近くの村々で悪さを働いた。見るに見兼ねた1500の兄弟が、1000の兄弟を250ぐらいにして追い出した。と、今度は1500の兄弟が悪行を重ねたので、すぐさま3000の兄弟の手によって霧散した。その3000の兄弟も、5000の兄弟によって蹴散らされた。そんな事を繰り返して、12000の兄弟になった。アーサは、西を目指そうと言ったのが誰なのか尋ねたかったが、一人々々訊いて回るにはまだまだ数が多かった。
砂漠に2200の兄弟が倒れ、300は獣の腹に収まり、2700が戦争に駆り出されていった。2000の兄弟は肥えて動けなくなり、切り立った崖から1800が身を投げ、3000の兄弟の力を老いが奪い去った。
独りになったアーサが遥か西の方角を見遣って佇立していると、背後から地鳴りの様な跫が響いてきた。彼の、50000の弟であった。アーサは彼らに、どうして西へ向かうんだ、と尋ねたが、その叫びは彼の姿ごと50000の雑踏の波に消えていった。
50000の兄弟は西へ向かった。その中にアーサに似た兄弟を見る事もあったが、よく似た兄弟であったのかも知れぬ。何せ50000もいるので。