第68期 #6

ケチャ

 仰々しい撮影機材を手に日本人がぞろぞろやってくることは、この島ではあまり珍しいことではない。だが彼らの前でタンブールを務めることは、若いワヤンにとって大変な名誉だった。

「ニョマンが怪我したばかりだが撮影は受ける。ワヤン、代わりにやれるか?」
 長にそう言われた時、ワヤンは素直に喜べなかった。プトゥと目が合ったからだ。ワヤンは知っていた。プトゥがタンブールに誰よりも憧れ、誰よりも努力していたことを。
「プトゥ!」
 ワヤンは何か言わなくてはと思って呼びかけたが、プトゥは黙って出て行った。

「うまくできるだろうか」
 間もなく本番だ。日本人たちも慌ただしく機材のセッティングを始める。
「ワヤン!」
 呼ばれて振り返る。
「プトゥ!」
 だがそこにいたのは松葉杖をついたニョマンだった。
「ん、プトゥがどうかしたか?」
「いや、なんでもありません」
「緊張してるのか?」
「はい。本当に俺でよかったのかなって」
「お前を指名したのは俺だぞ。お前ならできるさ」
 元タンブールはワヤンの肩を叩いた。
「え、そうだったんですか。でも何故?」
 何故プトゥではなくて俺が、とワヤンは心で続けた。
「お前が、優しいからさ」
 ニョマンは笑った。若者の心中を見越したような笑顔だった。

 半裸の男たちが無数に集まり、その中心にはワヤンが立っている。

 チャッチャッチャッ

 男たちが歌う。その中央でリズムを取り、歌を導く。それがタンブールの役割だ。

 プンプンプン

 ワヤンも歌いながら男たちの歌を聴く。と、プトゥの姿を認めた。いつものように一生懸命歌っていた。ワヤンは胸が熱くなるのを感じた。

 プンプンプン

 声に力が入る。ワヤンの熱は男たちに伝播する。全員の精神が一つになる。
 だがワヤンは違和感を覚えた。中心にいるワヤンだけに感じられる、とても小さなズレ。
 ワヤンは目を閉じ、耳を澄ませた。
「プトゥ!」
 不協和音はプトゥから発せられていた。プトゥはわだかまりを捨ててワヤンの下で歌っている。だが彼自身も自覚のないうちに、嫉妬心は意識の底で小さく燻っていたのだ。
 ワヤンはプトゥを見つめ、想いを乗せて歌った。一瞬、プトゥが笑ったように見えた。

 ケチャケチャケチャ

 男たちはついに一つになった。ワヤンを中心に、彼らは大地と一つになり、空と、森と、海と一つになった。
 バリの夕焼けは美しく優しい。男たちは地面に伏し、ワヤンだけが大地に立って夕日を見ていた。



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