第68期 #23

箪笥角

「その稀有な力を是非国防の為に活用して頂きたい!」とテーブルの角に小指をぶつけてもんどりうっている最中に言われたものだから千江美は突如現れたその黒服の男に反射的に殺意を覚えた。「いやあ惚れ惚れするようなもんどりぶり」わっはっはと男が快活に笑うとその後ろにいた残りの黒服も唱和して手を叩き出した。なーにもー意味不明だし腹立つし痛いしあそこのハゲにパンツ見られてるしー。
 ごがばじゅぎべびぶぼじばぁという音と冗談みたいな地震が襲って来たと思ったら天井が消えていた。千江美の部屋は二階建てアパートの一階にあるはずだが青空が広がっている。こんなにいい天気になんで私は正体不明のグラサン連中にパンツを凝視されてるんだろうああ黛くんとセックスしたい。「ぎぇーっ」そうだここはパプアニューギニアだあれは極楽鳥の鳴き声だものくんくんくん腐っちまったか母さんの小鯵百匹。ちがった。どろっとした真っ赤な血液を体中にかぶっているのだった。不意に暗くなる。空が何か巨大なものに塞がれていた。「ちんちんぴじょーっ」今絶対ちんちんって言ったよなと千江美が現状を把握できていないうちにも黒服の男達はどんどん血の塊へと変わってしまい、残るは一番初めにパンツに注目し出した気色悪いハゲだけになっていた。
「しっかりして鈴木さん! 早く箪笥の角に小指をぶつけるんだぶわぇおばぅぎじぶびぴゃっ」ハゲの言葉で我に返った。影しか見えないが巨大な人型の何かがハゲの体を捩じ切っている。千江美はラクロスの試合中を思い出していた。こうすると全身に力が漲って来るのだ。箪笥の角に小指をぶつけるには立ち上がって二歩進まないといけない。自動車大の腕がこっちに向かって来た。でかいくせに妙に素早い。だが千江美は焦らない。エースだから。
 次の瞬間千江美はミニチュアセットの中にいた。途方に暮れる暇もなく昭和懐古展にあるブリキのロボットみたいなものが突然脛にしがみついて来た。気味悪いので慌てて振り払うとそいつはあっさり吹っ飛んで縦半分しかなかった千江美のアパートをぺしゃんこにしてしまった。おおそっかと事態を把握するや千江美はそのロボットを速やかに踏み潰しておく。どうやら殲滅。
 ほっとして辺りを見ると、蕎麦宅配中の黛くんと目が合ってしまった。「わっ」慌ててしゃがみ込む。見られたか? あーもーもっとかわいーパンツ穿いとくんだったー。
 今日はTバックだった。



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