第65期 #1
「みなさんは『たま』という言葉で何を思い浮かべるでしょうか?」
子供達は自分の周りの子供達と相談し始めた。一人が答える。
「……ボールとかですか?」
「球ですね、いいですよ、他には?」
違う子供が答える。
「猫のなまえー」
「……うーん、そうですね。いいでしょう。あながちはずれとも言えません」
「鉄砲の弾?」
「いいですよ、どんどん出していきましょう」
にやにやしながら一人が答える、元気よく。
「きんたまー」
「ふざけないでください。……でも、これも悪くないですね」
また一人が答える、おそるおそる。
「た、たましい」
他の子供達が皆、その子供を見た。
「『魂』ですか……」
時間が少し止まる。
「非常に良い答えですよ」
答えた子供は安堵し、すとんと席についた。
『球』、『タマ』、『弾』、『玉』、『魂』と先生は黒板に書いていく。
「えー、これらの言葉は音の響きが同じだけじゃないんですよ」
えー、嘘だー、という声があちこちで上がる。
「じゃあ、これらの共通点はなんでしょうか?」
また、ざわざわとあちこちで相談が始まる。
一人が手を上げる。
「全部、まるっぽい?」
何だよーそれー、という声が上がる。
「良い答えです。他にはいませんか?」
しーんと静まり返ったので、先生は答えた。
「正解は、『中に何かが詰まっている』でした」
先生は黒板に書きながら、話し始める。
「『球』には空気が、『弾』には火薬、『玉』には命が、……『タマ』には『魂』が……」
ぴたりと先生の手が止まる。
「……」
止まったよ、どうしたの、という小声がざわめき始める。
「先生、大丈夫ですか?」
一人が聞いた。振り返った先生は泣いていた。
「……ええ、大丈夫です。心配しないでください」
皆が黙って先生を見ている。先生は涙を拭いた後、ゆっくりと話し始めた。
「実は先生が少しお休みをもらっていたのは、先生のお母さんが……、天国にいったからです。……先生はそれを見届けてきました」
子供達はまだ黙っていた。
「……さっきの『魂』には何が詰まっているか、先生にもわかりません。でもそれは決してなくなるものじゃないと、先生は思ってます。……皆さんも何が詰まっているかを考えてみて下さい」
先生がそう言った後、チャイムが鳴った。
このホームルームのことを、何十年ぶりに初めて思い出した。先生の魂の中には、僕らがいたクラスのことも詰まっているだろうか? そんなことを思いながら、僕は消えかかった雲を見ていた。