第64期 #5

仰ぐ空と花言葉

 昼下がり。
 まばらに浮かぶ白い雲と澄み渡る青空を仰いでいる。古ぼけた遊具のある公園の椅子に腰を沈め、雲の流れを目で追う。
 時折ヤブツバキの甘い香りが香る。……そんなはずはない。真っ赤な花びらのヤブツバキは、遠慮気味に私の背後で息を凝らしている。
 ヤブツバキが花開く冬の候。私はかじかんだ掌に息を吹きかけ、まだかまだかと貴方が来るのを待っている。
 一途な彼は私の愛しい人。 
『ツバキの公園に来て?』
 理由も聞かされないまま言われたとおり、この公園に来た。
 空から目を離し、ツバキを視界に入れた。葉は青々して、赤い顔も見せている花びらやまだ蕾のものもある。古ぼた公園とは対照に、咲き誇っているように見えるが、何故かツバキは一歩引いているように見える。
 私は何故だろうと顔をしかめた。
 近くには川原がある。川のせせらぎに耳を傾けながらうっとりしていると、私はハッと立ち上がった。

「遅い」

 不機嫌な表情をし、小さい声で呟いた。
 私は徐々に待ち遠しくなってきた。気を紛らすため、地面の砂を蹴ったりまた空を仰いだりり……。
 すると、ふいに冬だと思わせるような冷たい風が走った。肌に障る程の冷たく乾いた追い風。
 私は体をすくめて掌で体をさすった。
 風が去った思うと、今度は人の気配を感じ、公園の入り口へ目をやる。
 視界の先には、息を切らして立っている貴方。セットしたはずの髪も乱れていた。急いできたのかもしれない。
 私は不機嫌な表情を笑顔に改めた。

「ごめん待たせた」

 貴方は片手を顔の前で合わせながら、私の元へ近寄ってきた。心が急激に熱くなる私は、『いいよ』と許す代わりに小さく頷いた。

「なんでここに呼」

 貴方は私をさえぎって何かを出した。
 甘い香りが漂う。純白で偽り無いように顔開き、凛々しい葉を持つ一輪の花。
 小さく咲き誇るその名も知らぬ花と、照れくさそうに微笑む貴方を繰り返して見た。

「この花を渡したかったんだ」

 私の手を掴み花を手渡した。

「何ていう花なの?」

「アングレカム」

 貴方はすぐに返答した。聞いたことも見たことも無い花だったので、少し首をかしげてみせた。
 私はふと思った。この一輪のちっぽけな花に圧倒されている。このツバキとは違って。
 貴方は私の耳元で優しくささやいた。
 私と貴方は見つめ合い、互いに微笑みあって手を繋ぎ、大空を今度は二人で仰いでゆく。


『花言葉が“いつまでも貴方と一緒”なんだよ』



Copyright © 2008 櫻 愛美 / 編集: 短編