第63期 #1

忙しい時の中にある優しい時間

いつもの道を抜け見知った町を歩き続ける。それは毎朝通勤で通る道。いつもは目まぐるしく回る日々に追い立てられゆっくり歩いた事など無かった。久しぶりの休日になぜこんな事をしているかというと、きっと間がさしたのだろう。本当は彼と久しぶりのデートだったが、急にキャンセルされたのだった。
ポケットを探り、持ち物を確認する。何も持たずに家を出たので携帯電話を忘れていた。この時取りに帰ろうと思ったが取りに帰るのをやめた。連絡があっても仕事への呼び出しだろうから。
通勤に使う道について「家から駅まで大体20分位」と不動産は言っていたが実は30分もかかる道のりである。いつもは時間との勝負なのでゆっくり歩いてなどいられなかった。
今はその道をゆっくり歩いている。暖かな風が通り抜け、ふと後ろを振り返る。ふと笑いがこぼれる嬉しいのではない。
今の自分と毎朝この道を一生懸命走っている私を比べ思わず笑ってしまった。
空を見上げる。最近の曇り空とはうって変わって海のように青い空に雪のような雲が漂っている。久しぶりに感じた青空、ゆったりと流れる時間に私は少しづつ満たされていく。
駅に近づくにつれ道端にはいろいろな店が立ち並んでいる。
こんなにたくさんの店があるのに、私はこの辺の店には入った事がなかったなと思っていると、小さな喫茶店があった。レトロな感じの喫茶店だった。
昼前という中途半端な時間のためか客は私一人だった。
カウンターに座ると「ご注文は?」と聞かれ反射的に「コーヒー」と答えていた。店長はうなずきコーヒーを抽出する作業に取り掛かる。一滴ずつ落ちていくコーヒーを眺めながら店に掛かっている時計を見た。
11時を少し回った位で家を出て40分位である。
ゆっくり歩くと駅まで40分かと考えているうちに注文したコーヒーにカップケーキを出してた。
「あの注文と・・・」と言いかけると「これはサービスですよ。といっても新メニューの試作品なんですがね。もちろん御代は結構ですよ」
「あ、ありがとうございます。」
確かにメニューには載ってなさそうなケーキだった。
コーヒーを飲みながら考える。家を出て40分位だが、かなり
長い時間をすごしたように感じていた。
世界の時間と違い今の私の中の時間はゆっくり進んでいく。
店内から外を見ると、この店の中は時間が止まっているようだった。
「明日は少し早く家をでよう。」ポツリとつぶやく。
そんな日曜日の一時だった。



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