第6期 #19

タンデムは振動する

後部座席の女は、必要以上に正志の背中にぴったりとくっついている。その温もりや柔らかな感触で正志は何故だか震えが止まらなかった。
――どうかこの震えがバイクのエンジンの振動にまぎれて、彼女に気付かれませんように。
「お腹空いたね」女が言う。
正志はコンビニの駐車場にバイクを止めた。

――昔から「気持ち悪い」とよく言われる。中学の集合写真で「臭いので近づくのが嫌」と言われた事とか、小学生の頃に「バイ菌」と呼ばれた事もあった。正志はそういった経験から、ああ自分は一生モテないんだな、とは自覚しているつもりである。
それでもたまに、ふと妄想してしまう時がある、正志は無類のバイク好きなのだが、願わくばバイクの後部座席に美人を乗せて走る事ができたら、どんなに幸せだろうかと。だがすぐに昔風俗に行って、風俗嬢にゲロを吐かれた事などを思い出す。

女がコンビニから戻ってきた。その歩く姿、流れる髪、とても綺麗な女だ。
正志は思う、――彼女は人間では無い、
――あるいは俺がそうなのか。
女は「おまたせ」と言って、正志の隣りに腰掛けた。

昨日友人に誘われたキャバクラ、そこでただ一人、正志の隣りに座った女が彼女だった。そしてその翌日、つまり今日の朝、正志は自宅の近所でばったりその女と再会した。
その時女はぐしょぐしょに泣きじゃくって、正志にこう言った。
「ねえお願い、私を助けて」
「そのバイクで、名古屋まで乗せていって」

そして今、女は再び正志の隣りに座っている。
――付き合っている彼氏がひどい男で、別れる事を許してくれなくて、その度自分はその男から暴力を受けてしまう、と女は言った。しかし女は、自分にも落ち度があるかも、と言っている、結局まだ少しだけその男が好きなのかも…、とかなんとか。
「私分かるの、あなた暴力は嫌いでしょ」
「ねえ、名古屋に着いたら一緒に暮らそうね」

3時間後、名古屋に到着。
女はバイクから降り、真剣な目で正志を見ている。正志はバイクに跨ったまま、何を言うでもなく、ただ、ぶるぶるとバイクの振動に同調して震えたまま、女を見据えた。
「あのさ…」正志が何か言いかけた、その時、女の携帯電話が鳴る。
「ゴメン」と言って女は正志に背を向けてしまった。
正志は俯いて、ため息一つ「はあ」、それからおもむろにバイクのハンドルを切って、アクセルを吹かした。女は振りかえる事しかできず、後はもう、彼が去っていった方向を見つめるしかなかった。



Copyright © 2003 佑次 / 編集: 短編