第54期 #5
僕の姉は録画が出来る。
それは先週、冗談のつもりでビデオデッキのリモコンを
姉に向けたときに気づいた。
カレーライスを食べながら、テレビを見る姉の背中に
なんとなくリモコンを向け録画ボタンを押すと、
姉の首筋に真っ赤な丸いニキビのような吹き出物が浮かび上がった。
最初はそれが、録画の意味なのか、目の錯覚なのか
よくわからなかったのだが、再生ボタンを押したときに確信に変わった。
吹き出物は一瞬のうちに再生ボタンの形に変わり、
瞬時に姉の動きがちょうど1分前にタイムスリップする。
食べかけのカレーライスが、いつのまにか一分前の形に戻され、
姉はまたそれを咀嚼する。
−なんなんだこれは。
その後、何度か姉の録画について試してみたのだが
録画をするたびに、情報は上書きされるらしく
過去に録画した姉はもう二度と見れなくなってしまった。
また、姉の体に触れていたものは、再生時に復活するようだった。
カレーライスのように、食べていたものまでも復元されるのだ。
(その時の姉の胃がどうなっているのかは定かではない。)
ある日、そんな姉が、真夜中に泣きながら家に帰ってきた。
どうやら、付き合っていた彼氏が二股をかけていたらしい。
僕は弟として、出来るだけの言葉をかけたのだが、
一向に泣き止まない。
途方に暮れてしまった僕は、
ダメもとでリモコンの再生ボタンを押した。
その瞬間、姉の表情は、満面の笑みに変わる。
録画された姉は、おとついの姉だった。
あまりにおいしそうにチョコレートケーキを食べるので
思わず録画したのだった。
録画されていた2分30秒の間、
満面の笑みでチョコレートケーキを食べる姉。
再生が終わると、姉は、なぜだか泣き止んでいた。
何事も無かったかのように僕を見つめる姉は
泣きはらした目元のことも忘れて僕にこう言った。
「・・・なんか、わかんないけど・・ありがとう。」
これから何度、姉が失恋するかわからないけど、
なんだか僕は、とにかく大丈夫だと思った。