第51期 #18

初冬の賭博師

 陸上部の練習が午前で終わると、ひとつ上の男の先輩があるロールプレイングゲームの話をしていた。珍しく私もそのゲームをやっていたのだけど、どうしてもどうしても倒せないボスキャラがいて、その先輩に攻略法を聞いてみたら「完全攻略法を知っているので今から試す」などと言っていた。それでまあ家も近いし小さい頃からの知り合いだということで、のこのこ家までついていった私が馬鹿だった。
 
 ナルトの一巻を読み終えて、私は視線を上げた。ブラウン管からは相変わらず傲慢なBGMが聞こえてくる。先輩はさっきからずっとゲーム中のカジノで遊んでいるのだ。文句を言ってもやめないので、私は攻め手を変えてみた。
「なんでわざわざRPGでカジノに行くんですか? 専門のゲームを買えばいいのに」一応先輩なので、敬語である。
「あー、それはホラ、冒険中のカジノだからいいんだよ。ただスロットを回すだけのゲームなんて、味も素気もない」
 それは何となく分かる気がした。それでも背中を眺めながら何か言い返す言葉を探したが、なんかもうどうでも良くなってしまったので、またマンガでも読むことにした。

 三十分位経って、また顔を上げると、十万あった先輩の資金は二百円になっていた。こんな奴は絶対結婚できねえ、と思った。
「ああ、これじゃ他の町にも行けないぞ」不意に先輩が口を開く。私の倒せないボスは、そこから海を隔てた場所にいた。
「ワープとかは使えないんですか?」
「だめ、全員戦士だから。魔法は使えない」
「随分ゴツいパーティですね」
「こんなゲームは力ずくで何とかなるんだよ」
「力ずくで大負けしてるじゃないですか……ええとまあいいや。で、どうするんですか」
「とにかく何か売るなりして、金を作らんとなあ」先輩は溜息をひとつついた。
「……仕方ないなあ」 
 私はコントローラーを先輩の手からすっと取った。
「それじゃあ、この二百円を一万円にでも増やしたら、攻略法教えてくださいよ」
「おお、幾らでも教えてやるよ」
正直、さっきから少しやってみたかった。
 
 敵はスロットマシン。五列合わせる難易度の高いやつだ。動体視力には自信あり。タイミングさえ掴めばいける……などと思っていたら、いきなり「7」がズバリ一列揃ってしまった。
 大袈裟なファンファーレが鳴り響き、ものすごいスピードでコインが増えていく。その様子をただ呆然と眺めながら、私は生まれて初めて男の人に抱きつかれた。



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