第50期 #31
卓球界では、他を全く寄せ付けない絶倫の卓球センスを持つ人をよく虎に喩えている。
虎と雷、この二つは古来よりスピードとパワーの象徴とされてきた。生身の人間が虎の称号を得たとき、そのとき、あまり練習に来ないのにいつのまにかインターハイに出場しているといわれている。それは生まれ持った身体能力と耳が聞こえなくなるくらいの集中力を同時に持ち合わせた瞬間なのだ。虎は自分の限界を打ち破り、見る者の想像を超えていき、ときに卓球のルールを打ち破る。そう、虎たちの、そのあまりにすさまじい打球は、まれに一発で25点くらい入ることもあるといわれているのだ。虎が強いのは虎だからである。 虎が強いことに理由はない。
背中に”JAPAN”を背負った岸田は、対戦相手の控え室のドアを蹴破った。部屋の中では、アメリカンジュニアハイスクール服姿の少年(スマトラタイガー)がゆったりと腰掛けていた。岸田は言い放った。敬語で言い放った。
「今日は、あなたとガチンコ勝負をしに来ました。」
少年(スマトラタイガー)は、岸田に興味がなかった。もっと強くておもしろい人間をたくさん見てきた。話題性あふれる体験をしてきた。虎レベルに達しない人間はみんなくだらなかった。話をしたくなかった。マンガが読みたかった。
「僕とガチンコ勝負がしたいなら、ケンカを売ってみなよ。」
少年(スマトラタイガー)は静かに話す。
「おまえは部屋を壊しただけだ。僕にケンカを売ってみろ。」
言いながら少年(スマトラタイガー)の顔はなぜか、徐々にデビュー戦当時の顔へ、デビュー戦当時の顔へと変貌していった。
岸田はベンガルタイガーでも、スマトラタイガーでも、ましてやマレー虎でさえない。バックポケットに忍ばせた虎の鼻のおもしろパーティーグッズが岸田のお守りだった。しかし今、ポケットには家のカギ以外はなにもない。人っ子一人ない。なぜなら岸田は今、虎の鼻を装着しているのだから。顔に虎の鼻のおもしろパーティーグッズを装着しているのだから。だから、敬語はやめよう。俺だって敬語はやめよう。
「少年、おまえにひとつ教えといてやろう。 卓球は、根性だ。」