第50期 #1

六月

遠くの学校から午後の鐘が鳴り響き、水溜まりを覗く、一人の中年男。
彼はまだ少年の頃から、こうしてどこかに水溜まりを見つけては、何かを見つめていた。
彼は母を探していた。彼は自分の母を探している。
街の中に、家の中に、彼は母を知らないまま。
雑踏の中に、冷蔵庫の中に、彼はいつでも目を凝らしていた。
家に帰ればいつでもあそこに、彼と同じ血液型のお母さんが座っていると言うのに。
どこにも居ない彼の母は、彼の頭の中だけで微笑んで、名前を呼んでくれていた。
1973年、雨上がり、小学校からの下校途中に、彼は頭の中以外でやっと見つけた。
虹色が
水溜りの中から彼の名前を呼ぶ声がした。

それから彼は、こうしてどこかに水溜まりを見つけては埃混じりの水面に映る水中をじっと見つめて、影を探している。

わたしはいつからか、彼の習慣の終わりを見たいと思い、彼を追うように成った。
彼がそれを止めた時、笑うのか悲しむのか。それを探す事がわたしの習慣に成った。

みんな母を探している
みんな母を探していた

日が暮れ切れると、色を見失ったような息を吐きながら、彼はそこから立ち去った。丁度夕日が彼の顔を隠していた。
立ち上がる時、彼は確か頷いて、衣服がこすれて、明日は母を探さないと、そう言った。
商店街、大安売り会場では、碧い人々が平和を願って汗を垂れ流している。その間を縫って、彼はどこかへ消えていく。
もうすぐ夏が来る。
雨の日は、彼はずっと家にいた。
雨を見ると、魔法がかからなくなると、そう言っていた。
もうすぐ夏が来る。



Copyright © 2006 木下絵理夏 / 編集: 短編