第5期 #12

プロ・ドール

 全身に温風を感じながらも、時折氷柱を飲み込んだような寒気が沸き上がって来る。首を動かそうとした時にだみごえが聞こえた。
「おい、無理に動かすと筋繊維がぼろぼろになるぞ」
 視界の隅にぼんやりと大柄な男の姿が映っている。
「今日はパークが休みだから明日までにその体に慣れりゃいいよ。解凍が終わったころにまた来(く)らあ、じゃあな」
 そう言い残し男は外へ出て行った。
(ここはどこで、あの男は誰なのか。パーク、解凍、体に慣れる? そして俺は一体誰なんだ)
 混乱と同時に強烈な睡魔が襲って来た。

「あ、あそこにドールがいるよ。パパあいつを追い掛けて!」
「ようし、今度は逃さんぞ」
(いかん、見つかった)
 砂利をはじき飛ばして急発進したジープは、みるみる距離を詰めて来た。ジグザグに逃げているにも関わらず、林を貫く自動サーチの光りが的確に捕そくして来る。
「まさひろ、今だ、撃て!」
 背後に父親の声を聞いた次の瞬間、体が宙に浮き、閃光と同時に焼けるような痛みが背中を襲った。

 気が付くとあぐらをかいたカタミミがいた。その向こうでは回収車が廃ドールを運び込んでいる。
「運が良かったな。転倒してなきゃ今ごろお前さんもあいつらのお仲間よ」
 そう言うと、穴だけの耳をこりこりと指でかいた。わき腹に手術痕を持つ俺同様、彼も羊水池で培養し必要部分を削ぎ落とした後の残渣なのだ。
「車と同じ方向には逃げない、これ基本ね。九十日も生き延びてきた俺が言うんだから間違い無い。だから――」
 枯れ枝を並べての講義が始まった。
「明日は立ち入り検査の日だったよな」
 俺はカタミミの話を遮り、決意を込めて尋ねた。
「そうだけど、なんだよ突然に……お前まさか」
 俺はうなずき、計画をすべて打ち明けた。
 
 屹立する灰色の塀の前にひとりと四十九体が横一列に並べられた。
「次、二番。何か言ってみろ」
 査察官が順次質問してゆくが、この日のために用意された正規のドールたちは、焦点の合わないうつろな目をして何も答えない。
「八番ドール異常なし」 
(俺はどうなってもいい。このパークの不正をすべてぶちまけてやる)
 俺の前に査察官が立った。
「九番、何か言ってみろ」
「こいつらは替え玉だ。このパークは俺を含めた全員が記憶を移植された違法ドールなんだ」
 静まった園内に叫びが木霊した。
 ゆっくり振り返った査察官は、園長と目配せすると向き直って宣した。
「九番ドール異常なし!」



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