第48期 #12

擬装☆少女 千字一時物語3

 ―――妖怪は、その正体を知られると力を失う。

 それは、始めはほんのお遊びのつもりだった。ただちょっとだけ、そんな遊びをしてみたかっただけだった。すぐに終わることと思っていた。
 バレたらやめる、そう決めて始めた女装だった。それなのに未だ誰にもバレずにいて、もう幾度目かのお披露目となっている。今日は白いTシャツの上に薄手のノースリーブのワンピースを着てみた。手入れを怠って外跳ねしてしまっている髪が、かえって飾り気の薄い服に合っているかもしれない。
 かごバッグを提げて、ウィンドーショッピングと洒落込む。もっと面白そうなものを探して挑戦してみようかとも思う。しかしたった一度になるかもしれないと思うと、やはり買う気にはなれない。
 こうしている今が、楽しい。いつバレるかもしれないというスリルもあるが、それだけではなくて、ファッションをいろいろ考えてみることが純粋に楽しい。女の子にはそういう楽しみがあって良いなと思うと、やはりバレるまでは続けてみたい。
「ちょっと、待って」
 次の店へ行こうと一歩を出した瞬間、少年の声に呼び止められた。でも大丈夫。前にも声を掛けられたことがあったが、適当に切り抜けることができた。言葉を少なくしていれば、きっと今回もバレずに済む。
 振り向くと、少年はいきなり身を乗り出して顔を近づけて、上目遣いに見てきた。まだ何も言わないうちに、いきなり何なのだろうか。
「可愛いじゃない、少年」
 終わった。すぐに終わるはずだったことなのだが、こうなってみると残念でならない。調子に乗ってヒールのやや高いミュールを履いてきたことで、歩き方がおかしくなってしまっていたのだろうか。浮かぶのは後悔ばかりである。
「どうして、わかった?」
「どうしてって…、ただ何となく」
 何となくで終わらせられることが悔しくて、表情が歪んだ。
「そんな顔するなよ」
 少年は顔を離して、苦笑いをした。
「変だなんて思ってないからさ」

 ―――正体を知られてしまった妖怪の運命は、それを明かした者に委ねられる。

 それから。少年に説得されて、今でも女装を続けている。他人の意思に従わされる屈辱。楽しみが続けられる嬉しさ。少年を巻き込んだことでより完璧を期さなければならないこと。それらがさらに女の子らしさに磨きをかけている。
 それでもまたバレてしまったときは、どうなってしまうのだろうか。今はまだ、そのことは考えたくない。



Copyright © 2006 黒田皐月 / 編集: 短編