第46期 #6
会社の存続を賭けたCM撮影の日。
俺の靴底から、ミミズが這うような感覚が心臓めがけてきた。寒気がする。足の指に力が入った。僅か二十センチ幅の丼の縁。
「方向はどっちでもいい。歩いてみてくれ」
上司の声。
右の利き足を踏み出すには、多少、筋力の劣る左足に体重を載せなければならない。
俺は左右をみた。右側は照明が暗くてよく見えない。左はプールのような丼の中。ウナギの蒲焼きが、真っ白な飯の上に行儀良く並んでいる。湯気と匂いが充満していた。
「ひぃ〜」
俺は、丼の縁にクレーンで下ろされた時からの、たまりに溜まった悲鳴を上げた。
「どうした」
声は苛立ちから戸惑いに変わった。
「ウナギは苦手なんです」
爬虫類を連想して、どうしても嫌なんだ。
「なんだよ。それを早く言えよ。そうすりゃあ別の者にこの役を振ったのに。我慢してやれ。今更苦手もなにもない」
息を止めて丼の縁を歩き出した。
ライトがついた。体が揺らぐ。ウナギの蒲焼きの中には落ちたくはない。両腕を広げバランスを取った。
会社のみんなが見上げている。丼を取り囲んだ人々の中に上司の顔が見えた。
「おいしそう」という、誰かの一言が引き金となって、次第にざわめきに変わっていった。
どこから入ったのか、みんながウナギの蒲焼きに食らいついている。全身タレまみれだ。仕舞には最後の一切れまでも取り合っている。
こめかみや目頭から流れたしょっぱい滴が、俺の口に入り込んできた。拭くことも出来ず、丼の縁をひたすら歩き続けた。