第46期 #17
そのとき僕はいつものように車を走らせていた。隣にはいつものように健太が座り、いつものようにバッティングセンターの帰りだった。フリーバッティングでの王監督のバッティング指導のものまねもだいぶ上達し、気分よくハンドルを握っていた。ステレオから流れる『CHA-LA HEAD-CHA-LA』が二番に突入しようとしたとき、突然の眩しい光に視界を奪われた。あ、これアウトだわと覚悟を決めた。やはり運転中の影山はまずかった。しかし来るはずの衝撃がなかなか来ない。対向車よけてくれたのかなと思い目を開くと、僕らは見たこともない土地を走っていた。そこは紅葉した木々が繁った山道で、景色が全体的に古めかしい。それでも僕らはそれほど取り乱さなかった。前にも同じような経験がある。僕らは二人で車に乗っているとき、ときどきなぜだか過去へタイムスリップしてしまうのだ。はっきりとは覚えていないのだが、二人で何回か過去にきた。
しばらく走ると、そこはまるっきり見覚えのない土地ではないことがわかった。おばあちゃんの家に続く道だということに気づいたのだ。だだ辿り着いて愕然とした。おばあちゃんの家があるはずの場所に、いくつもの砲台を備えた要塞がこぢんまりと建っていたのだ。要塞に備え付けられた駐車場に車を止め、少し様子を伺っていると中から中年の女性がでてきた。鉢植えにせっせと米のとぎ水をまいている。間違いない、おばあちゃんだ。その時点で今回のタイムスリップの目的を理解した。この限られたスペースにすっぽりと収まった要塞を破壊し、僕の知っているおばあちゃんの家に戻すことが今回の使命だ。僕らは過去で起きてしまったちょっとしたミスを修正し、もとの現在にもどすために過去にくるのだ。すかさず健太が車を降りて車体の右側を確認する。『E2304L502』炭でアルファベットと数字の羅列が書かれている。これが過去を修正するにあたってのキーワードになるのだ。前回は『A315H123』でオマリーの通算打率と本塁打数だった。
健太を見ると前回同様さっそくキーワードの解読にとりかかっている。彼にはこの作業が向いているらしい。僕は車に残してあった缶コーヒーを飲み干した。やらなければならないことは山ほどある。ゆっくりと深呼吸をし、王監督のバッティング指導のおさらいを始める。