第45期 #7
伝染病の世界的権威であるF博士が全人類に‘踊らないと死んじゃう病’が二十四時間以内に蔓延するとの警告を発してからちょうど一日が経過した。
町中の至る所で人々が一心不乱に踊っている。
サンバ、タップ、ジャズダンスと事情を知らない人が見たらお祭りか何かのイベントに映るかもしれない。もちろん僕も死にたくないので腰を振っている。
体全体を動かすこと自体、本当に久しぶりだ。高校の体育での持久走以来だろうか。
いつまで続くのだろうと泣きたくなりながら走ったことを思い出す。
文化系男子の僕にとってあの日ほど憂鬱な時はなく、毎回肥満気味の奴と最下位争いの死闘を繰り広げていた。
どうして苦しいときほどどうでもいい事ばかり思い出すのだろう。今は生死を掛けたダンスを踊っているのだ。
「・・・やあ」
すぐ隣で声がする。僕に言っているのだろうか。
「・・・・久しぶり」
やはり僕に話しかけているようだ。誰だ、こんな時に。殺す気か。
思いっきり血走った目で振り向いてみると高校時代の同級生、高松君が踊っていた。彼が死闘を繰り広げた戦友だ。
鏡餅のような胸と腹は以前にも増して膨らんでいる。汗でレンズの曇った銀縁メガネのフレームが虹色に光っている。
「おお・・・久しぶり。元気?」
口を開くと喉に唾が溜まり、むせ返りそうになる。
「やっぱり、みんな、踊ってるね。F博士の警告、しっかり、守ってるね」
おいおい、息上がりきってるぞ。もう何も話すな。
「でも、最後まで話、聞いてたのかな」
そういえば僕もショックで途中からテレビのチャンネルを変えたな。
「博士、あの警告は、夢に出てきた、死んだお母さんが教えてくれた、って言ってた」
そういえば目の焦点が合ってなかったような。
「じゃあ、なんで高松君は踊ってるの」
高松君は天まで上がりきった顎を少し落とし、向かいのパン屋の看板に視線を向けながら
「今世界は‘死なないために踊る’っていう一つの行動をとってるでしょ。文化とか言葉とか、全部ぶっ飛んじゃってさ。究極の共通意識だよ。きっと今日は誰も死なないし、殺されない」
時が止まったかのように高松君は饒舌になった。
「だから、その一体感を感じたくて踊ってるんだ」
言い終えるとすぐにまた、元の高松君に戻った。
「・・・高松君」
「・・・・何」
「とりあえず、踊ろうか」
僕の心臓は体を突き破りそうなくらい上気している。