第45期 #6
「涙ってね」
七月の夜、君は言ったっけ。近所の公園のブランコに、二人で並んで腰掛けて。
「血と似てるんだってさ」
それは単純に成分的観点から発した言葉であって、メタファーなんかじゃなかったってことを、僕は察してあげるべきだったんだよね。
錆びた鎖の擦れる音に、馬鹿みたいな僕の嗚咽が混じった。
月の明るい夜だった。恒星みたいに輝いて、夜の帳がオブラートみたいに薄く透き通って見えた。その月を眺めながら、君は慣れた手付きで目薬を点した。君は特別な目薬を常備していた。自分の血液の血清だけを抽出して作った代物。涙に一番近い液体。
「惨めでしょ? こんなことしなきゃ涙出ないなんて」
そんなことはない。そう言ったつもりだが、潤み声が虚しく耳に残るだけだった。どうして君はいつも体質の所為にするんだ。涙が出ないからって、何故泣こうとしない。
「血ならいくらでも出るのにね」
ほら、そう言ってまた僕を困らせる。右手首の真新しい切り傷を、十字を描くように引っ掻いて、流れ出る赤信号を見せようとする。
ポタリ、ポタリ、ポツリ。滴る君の血に釣られて雨が降ってきた。僕の好きな天気雨。
君の血、僕の涙。似たもの同士が雨に混じって砂場に消えた。
ギィコ、ギィコ、ギィコ。強まる雨に合わせて君が立ちながらブランコを漕いだ。月にも届きそうなくらい、力強く。君も僕もびしょ濡れになるのを厭わなかった。
僕達は、互いの沈澱した汚い部分を許すことができなかった。君の目薬みたいに、上澄みを掬い上げただけの存在になれるならと何度願ったことか。
「ちっちゃな頃にね、こうやってたら月に行けるって、本気で信じてたんだ」
撃ち下ろす銃弾のような雨を浴びて、君の声がどんどん離れて行く気がした。小さな頃の君は、ブランコに乗って月へと旅立つウサギの童話を、濁り無く信じていたんだな。今の君の上澄みよりも、白く。
雨は止んで、君は去った。もう君の傷口も、この想いも、拭えやしない。
錆びた鎖の擦れる音に、馬鹿みたいな僕の嗚咽が混じった。
月の明るい夜だった。