第45期 #1

厄年

 当年とって四十二歳の厄年にして帰宅時の満員電車に乗れば眼前の座席が奇跡的に空き「いざ座らん」と意気込めば吊革の女子高生が「うう眩暈が」などとのたまい「この東日本旅客鉄道に貴様等無産階級の座席など存在せぬ」と内心毒付くも小心者故その様な気配は抹殺し社会的立場上道義上「どうぞ」と自己新記録笑顔で譲り心底落胆するも網棚に今週号のAERAを発見。胸中一変欣喜雀踊するも頭の片隅で「こんな小事で色めく私は根っから小市民」と辟易しつつ「日本の病巣について出ない結論にでも思案を巡らすか」と成宮寛貴とかいう俳優だとかいう優男の表紙を捲った瞬間AERAの言葉の意味を何処かで聞き知ったなと閃くが思い出せず否聞いた記憶すら錯誤なのかと永遠循環思考に陥り気付けば下車駅。週刊誌など持参すればスピリチュアルカウンセラ江原啓之に心酔中の妻から無駄遣いと非難必至だが近々口論すら無く喧嘩が無いと言うことは会話が皆無故早急な対応の必要性を感じAERAをUNIQLOの鞄に仕舞い込む。帰宅しソファに寝転がりAERAを読めば果たして妻から海獣呼ばわりされるも自虐的に内面化された家庭における我が地位を楽しみつつ我が家は安泰などと慢心するも雑誌の教育崩壊記事を読む内テレビの前で「orange rangeさいこう」と夢見がちに呟く西武文理高校一年の一人娘に対する不安が高潮し家族神話再生とばかりに娘に伊豆家族旅行を提案するも「うざ」と一言斬下。娘を理解すべく糞浅薄な声量で歌い一聴して真似と判る楽曲を演奏する沖縄若年集団を見るや「今が駄目でも何時か絶対輝く」式の無根拠ポジティヴメッセージが意外に染み入り「レンジ善い」と共感を示すも娘は生涯最大の暗礁に乗り上げたかの如き舌打ちを鳴らし「きも」とほざいた直後「殺ってしまおう」と発心し急遽外出しドン・キホーテで柳刃包丁を購入するも親類血縁の顔が脳裏に飛来し流石に躊躇するも新居建築時に借金した経緯で未だに嫌味を言う義母に「貴様の娘が選んだ男は殺人者」と教えて然るべきと俄然殺意高揚。然し帰宅し玄関に足を踏み入れた瞬間恐怖が遡上し「包丁は娘の未来の嫁入道具」などと意味不明を口走り妻と娘から白眼視を受けつつも慄然しながら早々に寝床に就けば実際に娘を殺害してしまった未曾有の悪夢にうなされ明朝全身汗みずくで覚醒すれば結婚式で中学時代の担任がスピーチした給料袋お袋堪忍袋の意味を思い知る。


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