第43期 #6
つまらない。昨夜の友人との馬鹿騒ぎも、今朝の寝坊も、大学の授業に遅刻して単位を落とすと確定したことも、パチスロで稼ぐつもりが今月の食費を丸々摩ってしまったことも、この国の政治家も経済犯も、車の渋滞も、酷い二日酔いも、なにもかも糞食らえ。
最低の気分で街を歩いていると、交差点で若い女に呼び止められた。
「あなたは夢を見たことがある? 朝それを思い出そうとしてなぜか思い出せなくて、でもとても大切な何かだったような気がしたこと、ある?」
俺の目は0.1秒で女の頭から爪先までスキャンしてボディラインを解析した。悪くない。顔は少し幼く見えるが、いや、とてもいい。
「夢はあの世界の記憶よ。それをこの世界で思い出せないのは、敵が邪魔してるからよ」
「敵って?」
「青のダイヤと白の紋章の燭台に心当たりは?」
「…………」
「来て」
女に手を引かれ大通りから逸れて路地を何度も曲がるうち、アパートの建て込んだ狭い袋小路に出た。小学生の男の子、太った中年女、杖をついた老人がいた。
「連れてきたわ」
小学生が携帯を俺に差し出した。そこにはお馴染みの政治家の顔が映っていた。
「敵よ」
「おいおい、おまえら、テロリストか?」
「まだ思い出さないの?」
「何を?」
「昨日見た夢よ」
ヘリコプターの音が近づいてきた。
「しまった。付けられてた」
真上にとまったヘリからロープが垂れて、防弾服を着込んだ男たちが降りてきた。
「散開!」
小学生は左の塀を猫のように乗り越え、中年女はアパートの裏口から中に駆け込んだ。老人は杖に仕込んだ銃を男たちに向けて撃ち始めた。袋小路のゴミ箱をどけるとその先に穴が開いていて、女が俺を連れてその中に潜り込んだ。マンホールを開け、下水道に入る。女は地理を熟知しているらしく、まったく迷わず何度も道を曲がった。やがて立ち止まり、壁を指でさすり始めた。
「おい、説明してくれ。敵ってなんだ?」
「この世界では敵は隠されてるの」
「この国の政治家は全員敵さ」
「違うわ」
女は哀れむように俺を振り返って見た。それから壁を懐中電灯で照らした。そこには青い菱形の模様が描かれてあった。
「合言葉は? 今すぐ思い出して!」
走ってる途中で口を切ったらしく、ひりひりと痛んだ。汚れた掌で唇を拭うと、赤い血が付いた。
「なぜニヤニヤ笑ってるの?」
それは、ようやく面白くなってきたからだった。俺は昨夜見た夢を真面目に思い出そうとし始めた。