第43期 #28

どこへだって飛べるような気がしてる

 都内某所に設けられた6畳のアパートの一室、十数羽のペンギンがひしめきあい、暑さで分泌されたペンギン独特のぬめり成分があやしく光を反射した。向かいのビルからは、この部屋のベランダに向かって次々とペンギンが滑り込んできている。故郷の南極を蝕むこの熱帯東京都に、あえて上京するよ。飛べない鳥類なのに、あえてエレベーターは使わねーよ。このパンクスピリッツである。
ペンギンがこうまで反骨精神をあらわにする意味は、誰にもわからない。意味はないからだ。これは社会への反抗ではない。人類への反抗ではない。「ペンギンはかわいい」って、それはおまえの意見だろの精神なのだ。

勢いよく部屋を飛び出し、街を大移動する。もちろん列にはならない。駅徒歩5分のアパートだったので、1羽も事故をおこさずに駅前まで辿り着いた。タクシーを止めると、事前に決められたチームに分かれそれぞれの持ち場へと急ぐ。途中ブックオフには寄らない。反抗とは常に冷静沈着なのだ。新宿で家具を見ていきたかってけど、あえてやめるという徹底振りだ。このときのペンギンたちは、20年生きていないにも関わらずまるで45歳かのような端正な顔つきだった。しかし、卵を温めるポジションの奥底に秘められた、沸き立つような何かへの怒り。これをもしもスピードであらわすとならばカーブを曲がりきれまい。

部屋に帰ってきた彼らの表情は、やり遂げた気持ちでいっぱいだったがあえて無表情だった。ペンギンたちは、都内の踏み切りをすべて曲げてはいけない方向に曲げることによって、壊しつくした。今頃都民たちは線路を渡るタイミングがつかめず、山手線の内側に閉じ込められるはずなのだ。
「俺たちペンギンの持つ独特のぬめり成分の前に、人間どもがひれふす日も近い。か」
さもモチベーションが右肩上がりのセリフをしゃべるペンギンたちだったが、本当はもうずいぶん前からわかっていた。山手線の内側に閉じ込めても私鉄に乗れば脱出できるということが。



Copyright © 2006 ハンニャ / 編集: 短編