第43期 #11

トカゲ

博嗣君がまた狩野をいじめている。
博嗣君はなぜ狩野をいじめるのだろうか
.
(「ねえねえねえトカゲの尻尾を切ってみたんだけど、いっこうに尻尾が生えてこないんだけど何でかな」「トカゲは君がいじめるから死んでしまったんだよ」
「そんなことないよおなかを突っつくとまぶたをぴくっとさせるんだよ」「死んでしまったんだよトカゲにまぶたはないよ」
「そんなことないよそんなことないよ」)

狩野はなぜいじめられているのだろう。なぜ反撃しないのだろう。
馬鹿にされても、かばんを皆で回されても机に落書きされても狩野はおとなしいままだ。
時々狩野はすこしわらっている
トイレで腹を殴られて蹴られて大便器の水を飲まされた次の日になぜ笑っていられるのか分らない。
狩野の机を博嗣君たちが囲んでいる。博嗣くんが過激だから皆は違う方を向いている。
狩野はズボンのポッケからハンカチを出すみたいに折りたたみナイフを取り出して、滑り込ませるように博嗣君ののどに突き刺す。博嗣君は「あ」と間抜けに言って、いきなり血だまり製造機に変身する。
そんなにスムーズでなくてもいい、不器用でもいい、手が震えていてもいい「君はそれ位していい」と思う。しかしナイフを持っているのは狩野ではなく僕なのだ。
このナイフを狩野に渡しても狩野は何もしないだろうか。
昼休みに博嗣君がなぜか僕の所にやってきて、さっきなにじっと見てたんだよなんて言う。
先生にチクったりしたら、分ってるだろな。というので僕はやっと理解してなぜか「えああ」とか訳の分らないことを言ってしまった。博嗣君はいきなりニヤニヤして、は?なにいってんの?と言った。
そこで四時間目のチャイムが鳴った。

(「トカゲは生きてるんだよしっぽを切っただけで死ぬはずないよ」「いいやトカゲはもう腐ってしまったんだよ。ほら君にも臭いがするだろう?」)

机で一人。僕はナイフを触ってみる。博嗣君がこっちをちらちら見る。
嫌な感じだ。嫌な感じだな。狩野みたいになりたくないな。
心臓が変にドキドキし始めて、呼吸が苦しい。
絶対に嫌だ。嫌だ。
気が付くと狩野がこっちをじっと見ていて目が合う。
彼の目から僕は何も読み取れない。僕を見ているのではないのかもしれない。
博嗣君に僕がナイフを持ってるってわかればいいのに。
僕はナイフを握る。



Copyright © 2006 藤水木 / 編集: 短編