第42期 #32

土曜日、朝六時

 思い過ごしで夜が明けた。安堵と疲れの入り混じったため息がもれる。私はキッチンに向かった。鍋にひとつまみの煮干を入れ、水を加えて火にかける。
 実家の母から電話があったのは昨日の夜、十時頃のことだった。妹がいなくなったという。夕食のあとコンビニに行くといって出かけたきり、二時間もたつのに帰ってこない。コンビニなんて歩いて五分もあれば着く。携帯に電話してもつながらない。
 友達と遊んでるんじゃないかな、と母をなだめて電話を切った。妹ももう大学生なのだから、気の向くままに遊びたいときもあるだろうし、そんなに心配してあげる必要もない。といいつつもやっぱりちょっと気がかりで、いちおうメールは出してみた。電話は出ないまま留守録に変わってしまう。
 十二時を過ぎた頃から、だんだんと不安になってきた。お風呂に入り、歯を磨いて、布団にくるまったけれど寝付けない。何も考えないで心を落ち着かせようとしてみても、不意に心臓が高鳴る。どうしようもないからまた明かりをつけて本を読んでみることにしたけど、いっこうに眠くならない。
 そうやって時間は過ぎていき、妹からのメールがようやく届いたとき、もう空は白み始めていた。コンビニでたまたま友達に会い、家に遊びに行って飲んでいたら眠ってしまったらしい。分かってみればなんでもないことだ。けどほっとするよりも先に腹が立ってしまう。酔いつぶれてしまう前に、家に連絡を入れる余裕くらいいくらでもあっただろうに。
 お湯がぐつぐつと沸いて、煮干が踊る。あくを取り、火を弱める。煮干はなすがままにだしを取られる。
 冷蔵庫をのぞくと、豆腐が余っていた。小さく切って、一緒に鍋に入れてしまう。だしが出るまでじっくり待つような気分ではない。それに少し眠くなってきた。
 火を止めて、煮干を取り出す。米味噌と麦味噌をあわせて溶かしまた火にかける。煮立たせないように慎重に様子を見て、火を止める。
 妹はお味噌汁が好きだ。朝から幸せそうな顔で食べるのを見ていると、こちらまで嬉しくなった。作り方を教えてあげたけれど、自分で作ってもおいしくないらしい。だから一人暮らしはできないのだと言う。
 お椀に注いで万能ねぎを散らす。味噌とねぎのあわさった香りにほっとする。水滴で曇ったガラス窓を越えて、日の光が差し込んでくる。母もちょうど三人分の朝ごはんを用意している頃だろうか。お味噌汁を食べたら、少し眠ろう。



Copyright © 2006 川島ケイ / 編集: 短編