第42期 #10
俊介は1Kのアパートをとび出した。
ツギハギのアスファルトを、ボロボロのスニーカーで全力疾走する。目指すは駅前のフラワーショップ。開かずの踏み切りで地団太し、アーケードをくぐりぬけ、間接照明のやわらかな光に包まれた店内に突っ立つ。それから息を切らしたまま、ジーンズに突っこんだヴィトンの財布を、店員に突き出した。
店員は慣れた様子で、にこやかに財布から有り金を引き抜くと、「いつもので、よろしいですね?」と確認した。
俊介は頷く。
たちまち、バラの花束が目の前に現れた。
一瞬、屈託のない笑顔が浮かぶ。だが、それも束の間、花束を受け取ると、俊介はまた駆け出した。人の間をすり抜け、買い物帰りの自転車を追い抜く。ひたすら走り、恵里のアパートまでノンストップで駆け抜ける。
「どうしたの?」
インターホンから恵里の声。
「会いたいんだ……いま、すぐ、お願い」
俊介は息を切らしながら応えた。体中から汗がふきだし、顔は真っ赤に紅潮している。
「待ってて」
言葉とはうらはらに、すぐドアの開く音。化粧気のないショートヘアーの恵里が顔を覗かせた。俊介は無理矢理、息を整え、引きつった笑顔で花束を差し出す。
「……どうしたの?」
少し怪訝な表情を浮かべ、恵里がたずねた。俊介は困惑した様子で、顔を俯ける。
「その、わからないんだけど、なんだかプレゼントしたくなったから……」
「それでバラの花束もって、走ってきたの?」
俊介は素直に頷いた。その屈託のない姿に、恵里の表情が少しゆるむ。
「なにやってるのよ、俊介」
「いや、理由なら、あるよ。ほら、ふたりが出会ってから、ちょうど、1年と4ヶ月目……ダメ? じゃあ、先週、ホラー映画でキミを怖がらせたお詫びに……そんなに怖くなかった? だったら、えーと、だったら……」
懸命な俊介の姿に、恵里は思わず笑い出した。
「わかった、わかった。とりあえず部屋に入ろうよ、いまタオルかしてあげるから。理由は、あとでゆっくり考えよう、あたしも手伝ってあげるから」
恵里が部屋に招きいれ、ソファーに座らせると、俊介は照れくさそうに口を尖らせた。
突飛な行動だけど、俊介にされるとなぜだか違和感を感じない。むしろ妙にストレートな感情が心地よい。
俊介と恵里は、2時間ほど話し合い、今日の理由を決めた。
2時間経ったら忘れてしまうような、些細な内容だった。
昨日の缶ジュースのお礼。
これでオーケー。