第40期 #1

食らう猫

私は主人の側らにいつも居て、たいていは寝ているけれど、彼女の匂い立つ様な吐息に敏感だった。それは不規則で、突然始まる。
主人の横を片時も離れず、そっと実が熟すのを楽しみにしている。
そのうち、実は熱を持ち、生臭い匂いが辺りに漂い、重そうに頭を垂れ始める。
私はすかさず、むしゃぶりつき、食らう。喉で味わい、幸福の頂点に向かうのだ。
主人は、私が食らう姿を驚いた様子で、私の手の中にある実を無理に奪おうとしたものだから、私は彼女の手まで食べてしまいそうになった。
少し間、血の匂いが主人と私の間を行ったり来たりしていた。

主人は、私が食らったものが、愛と言う形を成さない物だと知り、おおいに落胆し、私を汚い言葉で罵った。
しかし、木々の葉が色づく頃になると、主人は又、不規則に吐息を放ち、私を喜ばせた。
私が食らうことで、一つの愛物語が終わり、以前と同じ様に主人は落胆したが、やがて、狂った様に幾度も吐息を放つ様になり、
その度に味わい喜び震えた食らうと言う行為が毎日の習慣になった。
たちまち私の腹はどんどん膨れ、苦痛に歪んだ顔になる。主人は私の醜い腹を見て、顔を綻ばせた。

私は、その内、醜いただの塊となりつつあることを悟り、食らうと言う、私の生きる証さえ、不可能になった。
それでも主人は甘い吐息を部屋中に撒き散らし、私に食べることを強要した。
やがて、吐息と言う埃を浮遊させ、ベッドや、椅子や、それらに高く積もった。

ある日、上を向いて動かない私を蔑む様に見下した。そして主人は右手に持ったナイフを振り下ろした。
血しぶきが主人の体に覆い被されたが、主人はおかまいなしに私の腹に手を入れ、咀嚼し、味わい尽くした実を全て取り出すと、
1つ残らず、食らい尽くし、私を残し部屋を出た。
腹の中には主人の匂いさえ残らず、それどころか私は心地よい眠りに引きづられながら、腹の隅にあった実を手に取って眺め、
最後の実を食らった。



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