第39期 #10

Egg

母が死んだ。実家へと向かう電車の中。隣の席では、夫が静かに瞼を閉じている。窓外の流れ行く景色を見つめ、ただぼんやりと母の事を思い出す。
私が4〜5歳の頃、(既に父を亡くしており)母と姉と初めての旅行だった。母は大きなバッグに三人分の着替えを詰め、私達は宝物を小さな鞄に詰め、母に手を引かれた。電車が動き始めると母は、ゆで卵を取り出した。いつも食べる卵と同じ筈なのに、格別に美味しいと感じたものだった。
その後、私が中学生になった頃、広島の祖父が亡くなり三人で広島に向かった事があった。電車が動き出すと母は昔のように、ゆで卵を私に差し出した。丁度、母の存在を疎ましく思っていた時期でもあり、「いらん!」と撥ねつけ、ふて腐れて窓外を眺めていたが、何だか急に罪悪感を覚え、ガラスに映る母の表情(カオ)を盗み見た。母は、ひょうひょうと卵にかぶりついていた。その母を見て、なんだかモヤモヤした事を思い出した。
最後に母と電車に乗ったのは、2年前の春。結婚が決まり、母子で温泉にでも・・・と東北に向かった。私達が子供だった頃の母の荷物は、とても重く大きなバッグだった。今や母の荷物は小さなバッグとハンドバッグのみ。電車が動き出すと母は、何かを私に差し出した。まだ、ほんのりと温かいゆで卵だ。朝早くキッチンに立ち、卵を茹でる母の背中が目に浮かんだ。
「お母ちゃん、ゆで卵好きやね。何でなん?」
「別に好き違うわ〜。旅行に行ってる間に腐ってもうたら、もったいないやん」
母は早くも2個目にかぶりついた。その姿を見て、何だかホッとしたものだ。
流れ行く時の中で、殆どのものが姿を変える。しかし、変わらないものもある。白髪が目立ち皴が深く刻まれた母。旅行に出る時は必ず卵を茹でる母。どちらも母の姿。生卵が、ゆで卵に姿を変えても卵である事は変わらない。そういう事実。



Copyright © 2005 時雨 / 編集: 短編