第38期 #1

ピアノエチュード「革命」Op.10-12

僕は手首を切って、彼女はピアノを弾いた。
遣る瀬無く行き場がない時、僕は持ち歩いている剃刀を手首にあてがい、彼女はショパンの「革命」を弾く。僕は彼女の「革命」を聞きながら、赤く線を引く。彼女は猫背の背中を更に丸めて、早過ぎるパッセージに左手を転ばせながらピアノを叩く。
遠いところで鳴るサイレンを、耳を研ぎ澄ませて、聞いていた。
無意味を愛することなど、不条理だと、呪っていた。
血管を血が逆流する。彼女の白い指が鍵盤を闇雲に走る。血が手首を伝う。鉄の匂いが彼女の鼻腔に届く時、彼女はぱたりと手を止めた。
鼓動が止む。吐息が口腔で辛い。静かすぎる。
「やめよう」
彼女は呟く。
けれど最初から、戻る場所などなかった。
僕も彼女も、根源的に、宿命的に、浮遊していた。



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