第33期 #15
林間学校かなにかで見知らぬ座敷に寝ているのだろう。真っ暗闇の中で、ひどく喉が渇いて目が覚めたまだ子供である私は、起き上がってこっそり部屋を出た。指導員に見つからぬよう缶ジュースを買って飲もうと思ったのだ。強い炭酸の入ったものをごくりごくり飲み続けたいのだ。外に出ると街灯ひとつなく道の向こうに黒々と森が広がっているのが見えた。森の向こうにはさらに黒い海が広がっているのだろうという気がした。寒くはないので夏だろうか。だが辺りには微かな虫の羽音すらなかった。道に沿って自販機のひとつぐらいあるだろうとしばらく歩くと別棟の建物に辿り着いた。ガラス戸越しに覗きこむ。なにも見えない。けれどもロビーに自販機があるかもしれないと思い付いて中に入ってみるとただ暗い廊下が続いている。奥へ進むとその先に大部屋があるようだ。その中にはたくさんの赤子が乳母と共に眠っているようだ。廊下は暗いが部屋の中はどうやら輝いているようだ。襖を開けて中を覗こうとした時後ろから誰かに手を取られて振り返る。青いワンピースを着た女だった。ここにはジュースの自販機はないから戻りましょうと言う。手を引かれるまま再び外に出て、けれども他に自販機のある場所を教えてくれるのではなくて、ただ自分をどこかに連れ出したいだけのようだ。つまりは私の望みをまるで聞いてくれないようだ。うつむいて夜道を行くうち、足元に黄緑の蛙が跳ねている。夜目になぜだか蛙の背の黄緑だけがやけに鮮やかだ。手を引かれているのでうまく蛙をよけられない。踏み潰してしまわないかと気が気でない。だんだん進むのが嫌になってきた。無闇に手を引っ張られ続けるのがなにか違うような気がしてきた。青いワンピースと言うだけで母親のように思って付き従ってきたが、よく考えると母親ではなかった。思い返すと先ほど見た彼女の首の上には、人の顔ほどの大きなジャガイモにパーマのカツラを被せたようなものが乗っていた。大きさが人の顔ほどだというだけで、また表面の皺が一見目をつぶっている人の顔に見えるだけで、実は人ではない。これはどうもまずいようだ。むしろ先ほどから自分の歩くのを邪魔しているような黄緑に輝く蛙のほうがよほど自分の味方であるのかもしれない。あの赤子のたくさんいた大部屋が私の行くべき場所であったようだ。それを得体の知れないなにかに連れ去られようとしているようだ。ひどく喉が渇いている。