第32期 #28
「――ここは」
「起きたようだな」
俺は薄暗い部屋の中で目覚めた。縄で椅子に括りつけられている。
「俺をどうするつもりだ」
「死んでもらう」
「目的は?」
「云う必要はない」
大男が銃を俺のこめかみに押し当てる。
スーツを着てサングラスをかけた四人の人間が見えるが、薄暗くて顔が良く見えない。この大男はどこかで見たことがある。タレントだろうか。
とにかく、この難局を打開する必要がある――。
「そうだ、一つだけ頼みがある。電話をさせてくれ」
「助けを呼ぼうとしているんじゃないだろうな」
「違う。俺は最後に……恋人に伝えたいことがあるんだ」
男は黙っていたが少しして云った。
「いいだろう三分だ。しかし妙な気を起こした時点で、殺す」
「分かった」
薫の番号を教えると、男は俺の耳に携帯電話を押しつけた。
「……勇介? どうしたの」
まず三分で薫に俺が危殆に瀕していることを伝えないと。
「棚から……水筒が入った袋を……怪我しないように……テーブルに置いといてくれ」
それぞれの頭文字をとると、『たすけて』になる。これが伝われば、第一段階成功だ。
「え? 水筒が入った袋なんかあったっけ」
薫には全く伝わってなかった。俺は愕然とする。
「痛い。透けていく、霊……トレイだよ、薫」
一見意味不明なこの文も、『トレイ』だから、『イ』を取れば『たすけて』になる。分かってくれ、薫!
「どこが痛いの? また、ぎっくり腰?」
駄目だ、もう終わりだ。
「薫……突然だけど、結婚して欲しい」
「え?」
「結婚の話題になると、俺はいつも話を逸らしてた。逃げてたんだ。責任を負うのが恐かったのかも知れない。お前の人生を受け止める自信がなかっていうか……本当にだらしなくて、ごめん。もう一回云う、結婚してくれ」
薫の返事が聞けないまま男は電話を切った。
「終了だ、さぁ死ね」
「待ってくれ、もう少しだけ!」
その瞬間、部屋に設けられた唯一の扉が開いた。
「……薫! どうしてここに」
「全部私が仕組んだことだったの。家族みんなにも協力してもらって」
すると、明かりが点いた。スーツを着た四人がサングラスを取る。
「お父さんの写真見せても会おうとしないし。だから極限の状態ならプロポーズしてくれるかなって」
そうか、薫の親父だったから見憶えがあったのか。
「まさか家族の前でプロポーズすることになるとはな、参った」
「でも、格好良かったよ」
その笑顔を見て、俺は薫を許した。