第31期 #11
西暦三千年、温暖化と大地震により日本列島は沈没し、かろうじて残った北海道に住むわずか一千万の末裔たちは、神話的共同体幻想に退行し迷信と諦観の中に縮こまっていた。トーコは十八年に及ぶ義務教育(その大半は歴史と古い仕来りの習得)を終えた二十歳の女性。女性は義務教育終了と同時に結婚するのが普通だった。
「私、ファル星に行く。エンジニアを募集してるから」
「馬鹿なこと言わないで」
母親は宝石をちりばめた魔除けの数珠を握り締め声を震わせた。
「もうチケット買った。今から宇宙港に行く。母さん、今までありがとう」
出て行くトーコの背中に母親の金切り声が投げつけられた。
「後悔するわよ!」
ファル星は、ファルという白蟻に似た昆虫の産地だ。この虫は集団で「生物学的な力」を発揮して生命体だけを「跳躍」させる。宇宙港には大量のファルが飼育され、旅行者を目的地まで運ぶ。
次に目を覚ました時、トーコはファル星の蟻塚の中にいた。全裸で立ち上がり、体についたファルを払い落として、受付で服を貰った。受付嬢は「ファル星へようこそ」と微笑んだ。
エンジニア募集の話は嘘だった。人身売買されそうになり逃げ出した。ファル星は大地の大半が蟻塚の連なるサバンナで、資源どころか水すら事欠く未開地だった。そしてファルは機械を運べない。故郷に負けず希望のない星だった。
あてなく町を歩くうち、縛られ石を投げられている若い男を見かけた。我慢できず助けようとすると「何と交換だ」と言われた。ファル星は人の命すら物々交換の対象なのだ。トーコは鞄の中身をぶちまけて「これで全部よ!」と叫んだ。野蛮人どもは水と食料を取り男を置いて立ち去った。
彼の名はジャン、町外れの洞穴に住んでいた。死んだ父は科学者で、後を継いでファルの研究を続けていた。
「ファルは地底深くの地下水を取りに行くのじゃない。跳躍させるんだ。秘密は水に含まれる微生物。この微生物を塗りつけると、生きてないモノも跳躍できるんだ」
トーコは再び人身売買する盗賊に捕まった。ジャンは微生物を塗りつけた拳銃を跳躍させ盗賊に立ち向かった。交渉があって、盗賊はトーコを5ガロンの水と交換した。ジャンは荷物みたいにトーコを馬車の荷台に積み込んだ。
「おまえはおれのもんだ」
「野蛮人!」
ジャンは馬に鞭をあてた。
「後悔するわよ!」
それは地球を出る時に母が言った言葉だった。ジャンはニヤニヤ笑っていた。