第30期 #24
どんなことを言っても言い訳にしかならないのだろうが、一応、言わなければならないものだ。
電車の中で、いつもなら眠っているはずの時間に一生懸命に考える。
さりげなく、それでいて誰もが納得してくれる、そんな完璧な答えがあれば誰か教えて欲しいものだ。
気が付くと、最寄り駅に着いていた。理由を考えていて、乗り越すのでは意味がない。慌てて席を立ち飛び降りる。
会社には、始業の二十分前に到着した。
勤続十五年、無遅刻無欠勤。
それをささやかな勲章のように思い続けてきた平凡な人生に転機が訪れたのは、新人の大野くんが同じ部署に配属されてきてからだ。
彼は、入社当時からほぼ毎日のように遅刻してくる。
そういう勤務態度では当然ながら、周囲からよく思われるはずもない。
だが、彼が真顔でいう理由に、毎朝のことながら呆れつつも期待している自分がいる。
「本当です。忍者が襲ってきたんですから」とか
「UFOを追っていたら路に迷ったんです」とか
聞くのもバカらしい理由を、もっともらしい顔で言うのだから笑ってしまう。
いまどき、小学生でもこんなことは言わないだろう。
今日は一体、どんなことを言うのだろう、と最近では毎朝考えるのだが、彼の思考回路は独特で、よく分からない。私は席に着き、彼の到着を待っていた。
始業開始を十分ほど過ぎた頃、彼がいつもの調子で私の前にやってきた。
「係長、すいません。遅刻しました」
それは時計を見れば私にも分かる。
大野くんは神妙な面持ちで立っていた。
「仕方ないんですよ。僕、結婚してないんですから。係長も独身なら分かってくれますよね」
全国の一人暮らしの人間を、すべて敵に回すような言い訳だった。
この時、私の決意は固まった。
「ああ、そう」
私が頷くのを確認して、彼は自分の席に向かう。
「そうだ、大野くん。君、来月末の試用期間が終わったら、もう来なくていいからね」
私は席に座ろうとしていた彼に声をかけた。
「どういうことですか?」
この時、初めて真剣な彼の顔を見た気がした。
「うん。色々と考えたんだが、私には君のようにあれこれ理由を考える才能はないようだ。君が今まで私に言った遅刻理由が解雇理由だと思ってくれよ」
「なんで僕が」と怒鳴る大野君の声が部屋中に響いていた。
誰も何も答えない。
本人に自覚がないのでは、治る見込みは皆無であろう。
私は爽やかな気分で手元の書類に視線を落とした。