第28期 #19

睡眠革命

私はある小春日の昼下がり、ある建物の前で空を見上げ、十年前のできごとを思い返した。二〇××年、若き脳研究者である只野竜彦はすっきりと目覚めた。が、三時間も寝坊。竜彦は研究所所長である元山源一の厭味を目に浮かべた。この身体と感情のギャップを埋められたら。そう思ったとき竜彦の頭に稲妻が走った。睡眠自体に価値を与える世の中を作り出せはいいのだ、と。竜彦は寝食を忘れて論文を発表。題して「睡眠革命」。睡眠をとっている者が社会の上部にくるという、荒唐無稽な竜彦の理論に賛同者が現われた。野比伸夫という寝るのが趣味の二代目議員。もうひとりは正田悦也という居眠り病を患ったプロ麻雀師。三人は国家転覆は現実的でないと、現実世界と表裏一体の夢世界で訴える。居眠り病の悦也が竜彦と伸夫を夢世界へ導く。睡眠を欲するのは脳内にリラックスを司る脳内ホルモン・セロトニンが欠乏するから。夢世界で竜彦は元山と会い、睡眠革命を説いた。現実世界と違い、竜彦の話を素直に聞き、しまいには泣き出して賛同。自信を得た竜彦は、夢世界で睡眠革命を提唱。しかし、治安を乱すと夢世界で竜彦ら三人は指名手配。睡眠欲を満たすことが人間の幸せにつながるという信念のもと竜彦は、セロトニンの生成能力を奪うガスを夢世界の国会議事堂に乱入し噴射。ガス生成に携わったのは元山。国会議員たちは皆、現実世界でうつ、不眠症、キレたりと、議会は空転。すかさず伸夫は議員立法で「寝る子は育つ法案」を提出。意識朦朧となっている議員達はもろ手を上げて賛成。竜彦と悦也は勝利の雄叫びを上げたのだった。私、元山源一は我にかえって、睡眠革命記念館に足を踏み入れた。受付で鼻筋の通った美しい女性が優しい光を浴びながら眠っていた。とがめる者はない。この国ではシエスタが当然の権利となったのである。



Copyright © 2004 江口庸 / 編集: 短編