第28期 #17

慰弔

 下らない話で大変恐縮だが、先日、前々から入院していた姉が死んだ。

「気の毒ですが、お姉さんは先ほどお亡くなりになりました」
 病室に入るなり、神妙そうに医師が言ったが、ベッドの上の姉は生きているようにしか思えなかった。比喩や感傷ではない。彼女はベッドに縛られたまま、よしてくれ自分はまだ死んでないと泣き叫んでいる。
 どういうわけか、医師はそれに気付く様子もない。それどころか認識することすら放棄しているようだ。ただ無表情に、叫び声の間を縫って死因を読み上げていた。
「すみません、姉は本当に死んでいるんですか」
 思わず尋ねる。傍らの姉が死んでるわけ無いじゃないと叫ぶ。
「死んでいます」
 医師は断じた。苦々しさに一抹の憐憫の混じった声だった。
 私は困惑を覚えた。いったい姉は死んでいるのだろうか、生きているのだろうか。常識で考えるのならば死体は叫ばないが、生きていると云うのなら医師のこの態度は何だ。悪戯にしては彼の瞳は沈痛すぎたし、何かを見間違うような場面でもない。
 色々考えては見たが、姉は死んでいるのだろうと結論した。と云うのも私は死んだ人間がどのようなものか知らないし、医師の誠実さは熟知している。その私にとって、医師が不実を行っていると結論するのは抵抗があったからだ。
 私は姉のには耳を貸さず、極力目も向けず、医師の言葉だけに耳を傾けることにした。

 暮れ時になって、いい加減帰ろうとしたところで、姉が声を掛けてきた。
「ねえ、聞こえてるんでしょ」
 聞こえないように装って、私はジャケットの袖に腕を通した。
「ううん、私はもう死んでるのかもしれない。どっちにしたって、きっとこの後無理やり棺に押し込められて、焼かれて灰になってしまうんでしょうね。それでお墓に収められて、本当に何もなくなるの」
 こんな時だが鏡を覗いてみる。格別、髪の乱れは無い。
「けれど。もしこの声が届いていたのなら、私のお墓に山百合の花を添えて。それが今この瞬間に生きていたって云う証拠になるから」
 襟を正すと、私は扉を開けて帰途に就いた。

 姉の葬儀の翌日、私は方々の花屋を巡って百合の花を探した。
 けれどもどういう具合か、どの店も百合の花だけを切らしていた。



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