第28期 #15

竜神の髭

 その日、テレビに映る被災地の風景は、どことなくここに似ていた。奇跡的に救出された子供達の表情に、心がざわめく。地震の被害は規模よりも、避難者の十万人が多過ぎる。涙を拭い頑張る人に、心のケアができるのだろうか。あそこにも、竜神さまの髭があれば良かったのにと、ふと思う。


 田舎の屋敷はどこも大きな鼠色に沈んでいても、都会なら考えられない広さで庭が続き、四季折々に木々の花たちが目を楽しませ、その色合いがちょうどいい。竜神さまの髭は、蘇芳に紅く古るびてはあるが、値打ちがあるように見えず、その庭先にいらっしゃる。母も、そして祖母も、女達がお役目を継いできたと、聞いた気がする。

 私がお役目を仰せつかったのは、17才の夏だった。1日2回の朝と夕方、髭といえばそう見える大きな鉄の曲がった棒を、お日様に向けて動かす役だ。別に作法も刻限もなく、頭の上で曲がったところを捧げ持てば、さほど力も要らない。厳かに動かし終わると、あっけの無さに手持ち無沙汰で、ついお陽さまに挨拶してから家に戻る。

 なぜと聞いても、母はバカねとしか答えてくれないが、祖母がこんな話をしてくれた。
「昔な、お役目をして日も浅かった頃。ワイが街へシャシンを観に行きよって、夕方までに帰れんかったと思いなっせ」
やけに艶っぽい笑顔にピンと来た。映画を口実に彼氏とデートに出掛けたのだ。
「おばあちゃんも……、若かったのねぇ」
「うん。村で一番の働き者で器量良しじゃ。若い衆で皆がトラックの後ろに揃った時でも、一人スカーフを風に颯爽としておった。そら誰も静かにはしてくれん。エヘヘ」
こういうところが、とても可愛い。

 そこで甘い顔が急に強張って、恐ろしげな顔になる。
「ところが、そしたら、あの大震災さ」
そういえば数十年前、ここらを未曾有の地震が襲ったと、地区センターで見たことがある。
「転げる様に家にさ、帰ったよ」
「地震と関係あるの?」
「ありなさる。それからは一日も、お役目を欠かしたことはない」
祖母の顔は、とても厳かだ。
「お前さまも、そう肝にしなっせ」
「ふぅう〜ん」


 きょうは、朝まだ暗い裡から起きだして、日の出を待った。元気に山の稜線から顔をだす、お陽さまを観てほっとする。お陽さまだけでなく、こちらと思う方角にも、祈りをささげる。あの震災後から、これを祖母が始めたに違いない。きっとそうだ。

 母がバカねと言ってた意味が、なんとなく、わかる気がした。


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