第278期 #3

神々の御座す島

 海から見る空は海と同じく漆黒の闇に覆われていた。
 神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
 海は大時化。青年が乗る船は嵐に見舞われる小舟のごとく揺れに揺れた。
 目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
 神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
 もう一柱の神は言った。私に指図するな。
 はじめの神は言った。おまえに言ったのではない。
 もう一柱の神は言った。何故、里に帰してやらぬのだ。
 はじめの神は言った。うんぬんかんぬん(青年には聞き取れなかった)。
 もう一柱の神は言った。そんな理不尽な理由でか。
 はじめの神は言った。おまえにはわからぬのだ大地の神よ。
 もう一柱の神は言った。わからぬ。人間が気の毒だ。
 すると大地が震え始めた。
 もう一柱の神は言った。人間よ。里の方角を指差すがよい。
 青年は(方角と言われてもまったく見当がつかなかったが)海が広がる方角を指差した。
 すると大地の震えが大きくなり、浜が盛り上がってたちまち隆起し、大きな赤い目玉のような火口が姿を現した。
 火口からはどろどろと続々とマグマが海に向かって流れ出し、じゅうじゅう音を立てて煙を吐きながら黒い地面が海面に生まれていく。
 もう一柱の神は言った。人間よ。道をつくってやろう。しばし待て。
 はじめの神は言った。そうはさせぬ。
 すると穏やかだった海が荒れはじめ、高波がマグマに向かって何度も何度もぶつかり、直進しようとするマグマの方向を変えていく。
 もう一柱の神は言った。うぬぬ。小癪な。
 かくして海の神と大地の神の小競り合いがはじまった。
 この争いは数千年続いたが、人間側に詳細な記録は残されていない(この頃には、一般に『神の足跡』と呼ばれる列島が生まれている)。
 ところで、奇しくもこの出来事の発端となった青年は、二柱の神々がぐぬぬふぬぬと戦っている間、流れ着いたこの島内で気ままに暮らし、一年後、戦場の反対側の浜に漂着した商船の乗組員と出会い、さらに半年後、商船に乗って島を脱出している。



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