第277期 #4
海から見る空には島のように孤立してまたたく大きな星があった。
神は言った。その者を里に帰してはならぬ。
海は大時化。青年が乗る船は御者があおる杯のごとく揺れに揺れた。
目を覚ました青年は見知らぬ浜にいた。
おい、と男の声がした。
青年が声の行方を辿ると、二枚貝に行き着いた。
悪い魔法使いの仕業により今はこのような無様な姿を晒しているが私は北の王国の王子なのだ。
と二枚貝は語った。
青年が黙っていると(二枚貝の話が続くのだろうと待っていたのだ)、
驚かないのか。こいつは阿呆か賢者に違いない。呪いを解くのを手伝ってくれ。
青年はうんともすんとも言わずに二枚貝を掌に乗せてやり、彼の話にじっと耳を傾けた。
解呪の方法とは、まず手頃な器を用意し、それを目一杯海水で満たす。そしてそれを一度全部捨てるのだが、捨てる場所には決まりがあり、ここから見える火を噴く山の頂上にある炎の池に捨てなければならないとのことだった。
それからも工程は続くらしいが、海水を捨てるだけでも骨が折れそうなので一旦捨てるところまでやってみることになった。幸運にも、器は青年の頭にあった(難破した際、厨房に忍び込んでいた青年はスープを平らげたばかりの器を咄嗟に頭にかぶったのだった)。
器を満たす際はどこの海水でもよいと言われ、青年は早速ずぶ濡れの体で海に入り、器に海水を満たして戻ってきた。
満たしたまま山のてっぺんに行くのですか?
青年が尋ねると、二枚貝は、
ああ、まあ、そうだろう。私もよくはわからん。失敗してもまたやり直せばよい。
と答えた。
青年が危惧した通り、器からは少しずつ海水が漏れ出た。しかも二枚貝がまったく道を知らないものだから青年は散々歩きに歩かされ、ようやく山道の入口に着いた時には日が傾き始めていた。
今日はもう引き返しませんか?
器の半分にも満たない海水の中に浮かぶ二枚貝に青年は言ったが、二枚貝は、
まあ、やるだけはやってみよう。失敗してもまたやり直せばよい。
と答えた。
青年はうんともすんとも言わずに山道を登っていった。二枚貝は、
賢者はこんなに頑健ではない。こいつは阿呆なのだな。
と頭の中で考えていた。
そんなこんなで山頂に到着した時には青年の意識は朦朧としていた。
であるからして、青年が二枚貝ごと器の海水を火口に投げ入れたとしてもそれを誰が責められようか。
いや、できまい。