第272期 #5
心の醜い少女は、毎日、花に水をやります。
ある本に、花を育てると心が美しくなると書いてあったからです。
「毎日、あたしにお水をくれてありがとう」
ようやく蕾がほころびはじめた花は、心の醜い少女に感謝を伝えました。
「これからあたしは花びらを開いたあと、次の種をつくって枯れていきます。今度はあなたが自分の花を咲かせて下さい。それがあたしの願いです」
そのとき強い風が吹いて、一枚の紙が少女の顔に貼り付きました。
「あら、それはアイドルオーディションのチラシですね。これから花を咲かせる今のあなたにピッタリ」
花は嬉しそうにそう言いますが、心の醜い自分にアイドルなんてとても無理だと少女を思いました。
「あたし、あなたが水やりのときに口ずさんでいる歌がとても好きです。オーディションでそれを歌えば絶対に合格ですよ」
そんなわけで、心の醜い少女は花の言葉に背中を押されてアイドルオーディションを受けたのですが、結果は落選でした。
しかし三日後にある芸能事務所から電話がかかってきて、うちでデビューしてみないかという話を持ちかけられました。
心の醜い少女は、半信半疑で事務所へ話を聞きにいくと、頭に王冠のようなものを乗せた人が現れました。
「君は一カ月後にデビューすることになっている」
王冠の人は、そう一方的に宣言すると少女を事務所のレッスン室に放り込みました。
「一カ月後にまた会おう。そのときに君がアイドルとして覚醒していなければ、私も事務所も破産して終わりだがね。ハハハ」
少女は事情がよくわからないままレッスン室に監禁され、鬼のような講師から歌とダンスのレッスンを受けましたとさ……。
〈中略〉
半年後、心の醜い少女は三十分だけ何とか休憩をもらって、かつての花壇へ足を運びました。
毎日水やりをしていた花は枯れて横たわり、地面に埋もれかかっています。
「わたしはアイドルになれたけど、一秒も休む暇がなくて、あなたに水をやれなくなってしまったの。ごめんね」
少女の落とした涙のつぶが地面に触れると、そこから一本の芽がにょきにょきと生え、次の瞬間には、嘘みたいに辺り一面が花畑に変りました。
「おめでとう!」
声と拍手のする方を見ると、事務所の王冠の人や鬼講師、少女の心を醜いと言っていじめた同級生たち、無関心な担任教師、父親と母親、近所のコンビニで働く優しいお婆ちゃん、三歳のとき遭遇した宇宙人、大統領の……