第271期 #1
外の世界に出ると共通した目に遭遇する。性別や年齢は関係ない。彼らは動きを止め、時が止まったように私を見る。露骨な場合は、足先から頭上まで撫でるように見る。彼らに気づかないそぶりで目を背ける。しかし、視野の端に彼らの目がある。
どの目も似ている。まず大きく見開き、顎をひき、瞳孔を広げる。射るように直線的に動く。光を集めた目は発光し、ビームのようだ。目は、脳の神経から内部と繋がっている。何かしらの伝達信号を交換している。たぶん、私が何者であるか? 読み取ろうとスキャンしている。その間、彼らの内部が空っぽになる。彼らは私も彼らを見ていることに気づかない。気づいたとしても気にも留めないだろう。彼らは大勢の共同体の一部であると疑わない。脳内にある知識をめくり私を探る。答えは出ているのだろうか? 出ていないようだ。彼らは飽きることがない。いい加減にしてもらいたいのだが。
このように私は観察する。彼らの目の動きやまばたきの回数、瞳孔の色や見つめる時間の長さを。その際の表情、皮膚の引きつりやこわばりを。見ている間の体の動きを。私自身も彼らを観察している間は空っぽだ。見張り合っている。不毛だ。
「わたしの居場所はどこ?」
誰かの声の残響に私は答える。
「居場所なんてどこにもない。私は黒い羊だ」
でも、白い羊に戻るなんて出来ないのだ。気づかないふりをして、今日もあの目をした肉屋たちの視線を浴びる。はじめは親切な人々も肉屋の影響で、共通した目の様相に変わる。多勢に無勢。その移り変わりも観察する。大勢に膨れ上がった肉屋たちの目は網目となり共同体として息吹きうねる。どうしようもない。
出来ることと言えば、言葉で描写することだ。一部始終を紙に書き、空き瓶に入れ、外に向けて流す。しかし、それは誰にも届かなかった。瓶は共同体となった網目の波の中で寄せては返され、飲みこまれ、終いには網からぬけ落ち、地面に叩きつけられ、ゴミになった。それは人だかりに触れても透明であった。はじめから透明な言葉だったのだ。ただ描写している時間だけが、自己とつながり自身を支えていた。
「時間ですよ」
マネージャーがドアを開けて私を呼ぶ。
「はーい。行きます」
文章を書き終えると匿名で短編サイトに素早く投稿した。明日からライブツアーが始まる。数万人の視線一斉に私に向けられる。その重圧を吐き出し、リハーサルへと向かった。にゃん。