第267期 #1

知らんけど

 自転車に乗ったチュンダに会った。夕方前16時くらいだったと思う。近所の橋のたもとで偶然に。
オフ会で知り合ったのだが本名・年齢・性別・国籍など、属性が不明だ。得体が知れないと言い切ってもよい。けど何か可愛い。

 チュンダは僕に気付くと神妙な顔しながら自転車から降りた。僕の1,5倍ある逞しい太ももと185cmの高身長はなかなか迫力がある。
ナマズ髭の下にある赤く塗られた唇をすぼめ「よくある話」を僕にしてきた。

「よくある話なんだけどこの間、蝿がうるさいと思ったらよく見たらスズメバチで。スズメバチだと思ったらマリモみたいな毛玉で。どわーと湧いてそれらが自分の影になって液に体なって壁を覆って闇なったの。それは子宮の中で。夜なっちゃって。星きれいだなて思ってたら朝になってた」

 片言の日本語と独特のアクセントと抑揚で話すため、理解しようと聴き入ってしまうが、結局毎回意味がわからない。よくあるんか?唐突すぎんか?と疑問ばかりだ。辛うじて夢じゃね?と返す。

 チュンダは地面を見て、不服そうに長い髪とミニスカートを揺らす。川辺に群生する柳がそよいでいる。

 か可愛い。
慌てて素早く自分に内在した言葉に置き換える。
「うるさい煩わしい疎ましいと感じ、身を滅ぼすほど危険な要素があると思える事象が一方で実は自分の非常に大切な一部だったり、なったりする事は確かにあるね。自身を構成するものの一部だと気付いた瞬間、それらに守られていたと再認識したり」
いい感じに繋ぎ合わせる。これ合ってるんか?

 反応を見ると、まだ下を向いたまま、うーんと長い体をくねらせている。もう一声必要らしい。

「普遍的なものだと思うよ。それぞれの人の様々な事象の積み重ねが歴史となり…」
流石にざっくり過ぎんか?軌跡と言い換えるべき?
「そうなの」
チュンダは嬉しさを隠さない。弾んだ声で顔をあげて僕を見た。それからサドルに颯爽とまたがった。
下着は見えそうで見えない。ここまで話をまとめてるんだ。たまには見えてもいいんじゃないのか。
てかオレ許容量やら対応力すごくね?付き合えんか?

邪念をよそに、じゃまたとチュンダは自転車を走らせようとする。
身体を鍛える為か手放しが通常運転だ。公道は違法なんだけど弱い僕は黙って見送る。垂直を保つ凛々しい背中が遠のいていった。



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