第266期 #2
滝が気になる。
駅前や電車にある広告など、ふとしたところで目に留まるようになった。次第に動画や画像を漁るようになった。
鬱蒼とした木々の中、固くざらついた岩肌から勢いよく水が放出する。日常に風穴をあけるような爽快感が広がる光景だ。
では、私の日常はと聞かれても上手く説明することができない。不満はない。質問されたら何でも素直に答えるだろう。
しかし、自分から話す言葉がない。
人に現状を知られるのを恐れるというよりも、そもそも空虚なのだ。
頭痛を感じ、水を飲もうと蛇口をひねった。
鈍く光ったシンクに水が流れる。
水流が高低へ落下する様を私は凝視していた。
この落差。これが私を惹きつけるのか。
それは、私の心の内と現実の振る舞いの落差を示していた。
実際に足を運んで滝を見ようと考えた。
ニュースではウィルスの話題で連日持ちきりだった。
スーパーから消耗品や食料が消え、緊急事態宣言が発令され町から人が消えた。
私はレンタカーで夜が明けない内に出掛けた。
曲がりくねった山道を何度も越える。車一台ない。
漆黒の木々がやがて陽を浴び色を取り戻した時、目的地に到着した。
がらんとした駐車場に車を停め山道に歩き出した。
土の柔らかな感触、木々の匂い、擦れるリュックの音と静寂、冷たく澄んだ空気を感じた。
自然に触れるのは久しぶりだ。
中腹で腰をおろしポットから熱いコーヒーを注ぎ飲む。
滝はここから歩いて数時間のところにある。
歩み進める。道の勾配に従って呼吸が荒くなる。
沢の音が次第に大きくなる。
近づいてきている。
木々をぬって急斜面の細い道を更に歩き続ける。
突然見晴らしの良い場所に出た。
私は広々とした草の上に立ち、息を飲んだ
両端の木々の切れ間に、岩肌をかき分けるように滝が放流していた。
迫ってきそうな激しい音だ。
不思議なのはその滝が黄金色に染まっていることだ。
雲ひとつない晴天。
陽光に照らされ水が乱反射してそう見えるのかもしれないと初めは思った。
しかし目を凝らしてもそれは黄金だった。
黄金の水が青々とした空のもとで決壊しそうなほど轟音をたて流れていた。
私はこの迫力に満ちた光景を受け止めるのが精一杯だった。
誰かと分かち合いたかったが誰もいない。
この光景は奇妙というか異様に思えた。
同時に神々しさに恐怖を覚えた。