第264期 #2

曲がり角

 見たくないものに限って、突然見つかるものなのだ。
 それは母が大事にしていた写真で、小さなアルバムに挟んであるうちの一枚だった。そこに写っている若くして亡くなった伯父は、年の離れた母の兄だ。幼い頃に二三度見たきりで、話をした記憶はない。ずっと写真のなかの人でしかなくて、実在の人物だという感覚があまりなかった。
 「そりゃぁ、雛には稀な格好いい人だったのよ」
 同じ町で育った父の妹である叔母が言う。父は伯父と同級生で、それなりに行き来があったらしい。
 「声をかけようにも学生時代から雲の上の人でね。気さくな人ではあったけど、話をするときはめっちゃ緊張したー」
 幼い頃から何をするにも才気があった伯父には野心があり、高校卒業と同時に家を出た。働きながら大学に通い、資格を身につけ、転職を経て出世街道に乗った。たまに帰省するときには驚くほど豪華なお土産をたくさん持ってくるのが常だったらしい。
 それが、呆気なく出張先で客死し、実は闘病中だったとわかった。
 記憶のない伯父の姿は、私のなかでずっとおぼろだ。褪色した写真の像は動かない。自身とつながる体温までを感じ取ることはできない。
 まるで知らない人の肖像画だ。
 それが、突然、実在の人物に見えた。なんのことはない、伯父の享年にわたしが追いついたのだ。
 自分とはまったく経歴の異なる人だ。けれども、この歳でこの人物が突然亡くなったこと、それが自分に地続きの伯父であること、その事実に私は引き寄せられた。
 当時の流行などは私にはよくわからず、叔母の言う「雛には稀な格好いい人」のイメージは不明だ。けれども、この写真が撮影された一か月後には、もうこの世には居なかったのだ。人生を謳歌しきっているように見える、華やかな笑顔のこの男性が。
 「口を開けたら仕事のことばかりで、普段何を考えてるのかとか、聞いたことなかった」
 そう、母が言う。
 「もっといろいろちゃんと話しとけばよかったと思う。でも、自分にとっても遠い人だったし、話し相手としてはうちじゃ不足だったかなって」
 勿体ないことをした、と、母は小さく笑んで嘆息した。
 先日、重い病が見つかった。母にはまだ話していない。今まではあまり気にしたことのなかった伯父の話をぼんやりと聞きながら、自分はいったいどう生きたかったのだろうと、道に迷っている。何であれ、この先の選択をするのは自分自身だ。何が待っていようとも。



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