第262期 #1

海辺の家

また理由もなく上司に怒られた今日の夏子は、「海辺の家に住むことができたら、全部解決する」と確信することになった。

確かに、夏子の職場は嫌な場所だ。短大を卒業して入社した夏子は、この会社で自由を感じたことが一度もない。経済的な理由で辞めるわけにはいかないが、そこまで嫌なわけでもない。

スマホの動画アプリで海辺の家の動画を見かけたのは、何かの救いになったかもしれない。生まれも育ちも海のない県で、大学は山の中。海は遠い存在だが、一度は見たことがある。一度でもいいから海が見える家に住みたいという願望を抱えていたが、「海辺の家、長期 賃貸 安い」という動画が目に入った。

「そっか、私でも住めるんだ」と夏子は気づいた。その現実味をもたらしたのはコロナ後の在宅勤務。「海辺の家でリモートワークができたら、怒っている上司も無能な部長も全部カニに見えるかも」と夏子は思った。「カニが増えても平気だから、この仕事を耐えられる気がする。」

その夢を実現し、夏子は初めての長期在宅勤務を申請し、同時に海辺の家を借りた。小さな家だが、その後、夏子は実際の会社から姿を消し、リモート会議のアイコンとして存在している。仕事に支障は出ないし、前よりも仕事ができるようになった。上司が怒り始めたら電波がすぐに悪くなる。本当に不思議だ。

そして半年が経った。リモートワークの社員が定期的に会社に出る期間が来た。半年ぶりに会った同僚は、夏子の海辺の生活について聞いてきた。「やっぱり快適な生活だった?」と。

夏子は答えた。「まあね、実際の生活は想像より全然パーフェクトじゃないけど、本物の背景はバーチャル背景よりずっと綺麗だし。」夏子は笑って言った。「思ったよりカニは少なくて、退屈を感じるときも多かった。それは意外だった(笑)。」



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