第260期 #2

孤独な人が集まる喫茶店

《孤独な人が集まる喫茶店》というのを始めてみた。
 店名が露骨すぎて誰も来ないんじゃないかと初めは思っていたが、意外と客は来てくれるので何とか営業はできている。
「ナポリタンと、コーヒーをお願いします」
 店のメニューは、ナポリタンと、オムライスという二つの食べ物と、コーヒー、紅茶、コーラという三つの飲み物だけ。 
 オムライスは、きれいな形にできるまで、三週間毎日練習した。
「まるで黄色いラグビーボールみたいですね」
 そう客に言われても、褒められているのかどうか私にはよく分からなかった。
「今はただの年寄りですけど、ずっと昔ラグビーの選手だったので、楕円形のものを見るとつい」

 店の客層は、一割ぐらいは変った感じの人に見えるが、九割はごく普通だと思う。
 変った感じの人は、服装などの見た目が変っている人もいるが、多くは、何となくたたずまいが特殊というか、近寄りがたい雰囲気の人だ。
「ご注文は、どうしましょうか?」 
「皿うどんありますか?」
「いえ、ありませんけど……、明日なら、何とか材料を用意して作ることも可能です」
「明日は、遠方にいる親戚の法事があるのですが……」
 そういう客もたまにいるので、長崎の皿うどんや、宮城のずんだ餅や、兵庫県明石市の明石焼きを一時的にメニューに加えたこともある。
 あとは、「わたしは別に孤独じゃないけど、入っても大丈夫ですか?」という人も年に一人か二人ぐらいいる。
 しかし「ぜんぜん大丈夫ですよ」と私が言うと、彼らは少し拍子抜けした顔で席に座るのが、何だが面白く見えた。

 開店してちょうど十年経った日、上西さんが十年ぶりに喫茶店を訪れた。
 上西さんは開店資金を無利子で貸してくれた人で、その日が最後の返済日だった。
「はい、これで全ての返済は終了です」
 私は深呼吸をしたあと、上西さんにこれまでの感謝の言葉を述べた。
「ところで、あなたの孤独は、喫茶店を始めたことでどう変りましたか?」
「私はたぶん孤独なままで、十年前からたいして変っていないかもしれません」
 上西さんが不意に右腕を横に伸ばすと、空間が少し歪んだような感じになって、大きな鎌が出現した。
「カミニシ(上西)とは、シニガミ(死神)のことで、実は十年間待った上であなたを殺すために今日来たのです」
「ああ、何となく知っていましたが、上西さんも、きっと孤独だったのですね」
「あなたを殺す前に、オムライスを一つお願いします」



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