第258期 #3

セロハン

 あれは一体なんというのだろう。空気しかない空中に透明なセロハンが捲れたみたいになって、奥にあったあの光景は一体なんというのだろう。殺戮。無慈悲。血液。破片。人体。叫び(聞こえない)。
 卒業旅行は沖縄。一年の時も二年の時もコロナで行けなかったのが沖縄。積年の恨み沖縄(ということもないけども、飛行機に乗れるならどこでもって感じでここに決まったかな)。上京組に合わせて卒業式の次の日に出発。
 あれだ。セロハン。座ってる乗務員さんの上で捲れてる。『ミステリと言う勿れ』視聴中の陽菜に見えるのか。『シン・仮面ライダー』を見てる葵はどうか。機内紙の朗読を聞いてる私が悪いのか。あー見たくないなー。見なくても時々思い出す。気持ち悪くなる。心臓がどきどきする。(どうにか見ないですみました。目をつむれば簡単でした)
 沖縄から戻って(旅行は満喫しました。マース煮おいしかった)しばらく、セロハンを見なかった。結局、陽菜にも葵にも美羽にも相談できなかった(相談されましても、って話だけど)。なんというか、世の中には楽しいことしかないのに、どうしてあんな不快なものを知らなくちゃならないのか。引っ込んでてほしい。私の視界から。世界から(まじ怒ってます)。
 地元組(しかも実家から通学)で暇な私をママが美術展に誘った。いわさきちひろ? 知らん。でも新大久保に寄ってくれるらしいのでそれを目当てに。絵は正直期待してなかったけど、これがかわいくてきれいな絵ばかりでまあ楽しめた。でも、だ。白黒の絵。セロハン。思い出させられた。不快すぎる。まじやめてほしい。
 高田馬場で降りた時、私は叫び声を上げた(これは当然聞こえる)。駅前ロータリー広場に今まで見たことがない大きさのセロハンが!(もうほとんどビッグボックス)あー。殺戮。無慈悲。血液。破片。人体。叫び(聞こえない)。絵本カフェで食べたアップルパイが胃から口から飛び出るわ唾液と涙が滴り混ざるわ。嫌だって言ったのになんなんだよ。ほっといてよ。まじで。私は今幸せなんだよ。
 あ。思い出してしまった。ひいじいちゃんが言ってた。人を殺す感触について。絶望を与える方法とその快楽について。仲間(戦友って言ってたっけ)との飲みだとそれの自慢大会になるって。内緒だよって。なにそれ。まじきもい。うわ、また吐いちゃう。
 はあ。たくさん汚してしまって駅員さんに申し訳ないことをしてしまった。



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