第257期 #3
この街は、犬を連れて歩いている人がやたらと多い。
だから、路上の糞を踏まないように注意して歩かないといけない。
「今日はもう三回も糞を踏んだけど、この街には愛犬家が多いのかな」
私は誰かに愚痴が言いたくて、休憩のために入ったカフェのマスターにそう話し掛けてみた。
「ああ、あれは犬じゃなくて、護身用に従えている魔物のようなものです」
「でも私には、普通の犬のように見えましたが」
「本来の魔物の姿では恐ろしすぎるので、市の条例で、普段は犬などの小動物の姿に変身して出歩くことが決められているのですよ」
私は旅の途中に立ち寄っただけだが、護身用の魔物を誰もが持っているということは、それだけ危険な街なのか?
「いえいえ、彼らはただ自分のステータスを示すために強い魔物を持っているだけで、別に危険なんてありません。ただし、十二年に一回開催される魔物対決の日だけは、ちょっと危険かもしれませんが」
「へえ、それはいつなのですか?」
「じつは明日です。あなたは運が良い」
私は宿に帰って眠っていたのだが、早朝に、大きな爆発音で目が覚めた。
「とりあえず、地下壕へ避難して下さい」
そう宿の主に言われて、私は目をこすりながら避難した。
「今回の魔物対決は本当にやばい。最強クラスの魔物は参加しない予定だったのに、百二十年前の決着をつけるとか何とかで参加するらしい。まったく迷惑な話ですよ」
地下壕には食べ物や、飲み物や、トイレまであり、とくに困ることはなかった。
しかし、凄まじい爆発音や轟音が何十時間も続き、時間の感覚がよく分からなくなった。
「すみませんねえ。せっかく泊まっていただいたのに」
私は、轟音の中にいながら、強烈な睡魔に何度か襲われたが、五回目の眠りから覚めたとき、ようやく静寂が戻った。
地下壕から出てみると、地上にあった建物は全てなくなっており、ただ風だけが吹いていた。
「誰が勝ったのかよく分かりませんが、われわれは一からやり直すだけですよ」
宿の主はそう言うと、笑いながら涙を流していた。
「やあ旅の人。あなたも無事だったみたいですね」
数日前に会ったカフェの主人が、杖をつきながらボロボロの姿で私に挨拶をした。
「まあ、コーヒーでも一杯どうですか?」
そう言うとカフェの主人は、薪の火でお湯を沸かし、一杯のコーヒーを作ってくれた。
「いったいどうしたら、こんな馬鹿げたことを終わらせることが出来るのでしょうね」