第252期 #3

塩辛猫の思い出

 小さい頃、私は、猫というのは人間の言葉を喋るものだと思っていた。
「やあキヨハル、去年より背が伸びたな。お土産はちゃんと買ってきたか?」
 母方の実家で飼われている猫は、私にそう話し掛ける。
「キヨハルはいつもお土産を忘れないから、オレ好きさ」
 お土産というのはイカの塩辛のことで、猫の大好物だった。
「猫はイカや塩辛いものはダメだから、いつもは食べさせてもらえない。でも、キヨハルのお土産なら仕方なくオーケーになるんだよな」

 母方の実家には、祖父と祖母が住んでいるだけで、周囲には田んぼしかないようなところだ。
 里帰りをして祖父や祖母に会うのは嬉しかったけど、遊び相手もいなかったから、子どもの頃の私にはひどく退屈な場所だった。
「なんだキヨハル、つまらなそうな顔して」
 イカの塩辛をつまみに酒を飲みながら、猫はそう言う。
「お前には、まだ酒の相手は早いよな。面倒くさいけど、オレが面白い場所に連れてってやるよ」

 猫の後について行くと、近所にある森へずんずん入っていく。
 しかし祖父からは森には行くなと言われていたことを、わたしは思い出した。
「まあ少し危ないけど、オレが付いているから平気さ」
 暗い森を抜けると開けた場所があり、何人かの子どもが笑いながら遊んでいた。
 でもよく見ると、子どもたちの服装は昔の着物みたいだし、顔も、狐や狸だったり、目や口がなかったり……。
「お前はまだ知らないと思うけど、オレは妖怪で、こいつらも妖怪なんだよな……。おい、みんな出てこいよ!」
 そう猫が言うと、森の中から、奇妙な姿をしたよく分からない連中がぞろぞろ現れた。
「おい、お前ら! キヨハルはオレの友達だからな。喰ったり、犯したり、変なことは絶対するなよ!」
 祖父が、森には行くなと言った理由が何となく分かった。
「オレは、あの家の十代ぐらい前の時代に飼われていた猫だったんだけど、居心地がよくて、そのまま妖怪になってしまったんだよな」
 子どもだった私は状況がよく分からないまま、奇妙な連中と一緒に鬼ごっこをした。
 でも、気が付いたら三日ぐらい時間が過ぎていて、居なくなった私を探すために、警察や地元の人たちによって大規模な捜索が行われていた。
「本当ごめんな。オレも楽しくて、時間を忘れてさ」
 私は、祖父からこっぴどく叱られたが、祖母は優しく抱き締めてくれた。

 猫は普通喋らないものだと教えられたのも、そのときだったと思う。



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