第251期 #6
コルカタの一角、みすぼらしい家屋の中で、二人の男が対座していた。一方は豊かな髭を蓄えた老人、もう一方は線の細い若者だ。
「つまり、我らタギーの教義に疑問があると?」
老人の問いかけに、若者は首肯した。
タギーとは、ヒンドゥー教の女神カーリーを崇拝する秘密結社にして、その供物として夥しい人間を殺害してきた殺人集団である。
若者はこの集団の一員として生を受け、幼少より殺人術の手解きを受けて育ってきた。その才覚は、古参の長老達も称賛を惜しまなかったが、当の若者は成長するにつれて心に迷いが兆してきた。
――たとえ女神のためといえど、無辜の命を奪うことが許されるのか?
一度生じた疑念は大きくなるばかりで、このままではタギーとして責務を果たせそうにない。思い余った若者は、長老に相談を持ちかけたのだ。
長老は瞑目して髭を撫でていたが、やがて大きく頷いた。
「わかった。お前の迷妄を晴らしてやろう」
長老が案内したのは、ごく小さな部屋。
未知の御香が焚かれているらしく、今まで嗅いだこともない匂いが室内に充満していた。長老は部屋の真ん中に座るよう若者を促した。
「何も考えるな。ただ座っておればよい」
言い残し長老は部屋を辞した。
何が何だかわからぬまま、若者は座り続けた。それから数分、数十分、或いは数時間は経ったのだろうか。
ふと――ボンヤリとした若者の視界に、異形の人影が浮かび上がってきた。
「!?」
若者の目が大きく見開かれた。
彼の目の前にいたのは、青黒い肌に三つの眼、四本の腕を備えた女丈夫だった。その全身は血の匂いを発散しており、血塗られた剣、惨たらしい生首を手にしている。
紛れもない、血と殺戮の女神カーリーであった。
その女神は厳かに告げた。
『血を捧げよ。命を捧げよ。これは神勅である』
迷い無き殺人者へと脱皮した若者は、長老に感謝を告げて立ち去った。
その後ろ姿を見送る長老の背後に、一人の男が立っていた。その装いはヒンドゥー教徒ではない、ムスリムのものだ。
「我がニザール派の大麻(ハシシ)の薬効、如何ですかな?」
男の問いかけに長老は満足げに微笑んだ。
「いやはや、流石は暗殺教団の秘伝。お陰様でまた一人、神の暗殺者を世に送り出すことができましたわい」
「それはよかった。――Assassin(大麻野郎)とThug(悪漢)、神に忠実なる鼻つまみ者同士、末永く宜しくやっていきたいものですな」