第249期 #3

すべてがPになる

そのコメディアンは、己のトーク力だけで人気者を目指そうとしていた。
 
 彼―――桐野功太がコメディアンを志して、もう二十年になる。
 国民的コメディアン・北森高文に憧れたことが、芸人を志したきっかけであった。
 ただ彼には、「コミュニケーション能力」という決定的な弱点があった。
 自分の笑いに絶対の自信を持っていたのはよかった。
問題は、通っていた養成所の講師の指摘に口答えするのは当たり前、同期の芸人の卵たちにネタのダメ出しをし続けていたことだ。
養成所の講師や芸人仲間、オーディションで出会う構成作家からのネタへの指摘も全く聞き入れない彼の笑いのスキルは、当然向上する
訳もなく。
結果として同期や後輩がどんどん大成していく状況下にあっても、彼がライブや番組で日の目を見ることは全くなかった。
一般的な芸人志望であれば、そんな状況になれば芸人を諦めて定職に就いているところだが、桐野功太は違った。
自分の笑いを理解しない、そんな社会の方が間違っているんだ。
そう考えた彼は、一つの強硬手段に出た。
テレビ番組をジャックし、強制的に自分のネタを公共の電波に乗せる、という強硬手段に、だ。
その日、彼は憧れの芸人・北森高文を誘拐した。
北森がお昼の帯番組の生放送に出演する、一時間前、桐野は持ち前の器用さで彼を拘束し、彼しか知らない密室に監禁。
番組スタッフたちに、彼を解放してほしくば番組放送枠の一時間で、自分のネタを放送しろ、という脅迫状を出した。
北森自身が電話でスタッフに話したこともあり、桐野の一時間分のネタは全国区のテレビで帯番組のスタジオを貸し切って放送された。
ネタさえ公共の電波に乗ればよかった桐野は、その直後抵抗一つせずにお縄となった。

問題はその後だった。
桐野が披露したネタの音声は、スタッフによってその全てに、放送禁止用語にかぶせられる【ピー音】がかぶせられていた。
結果釈放後、彼は【ピーの人】として一躍注目を浴びることになった。
本人の思惑とは裏腹に、彼は一躍人気芸人として、テレビやラジオに引っ張りだことなったのであった。
「あのピー音って、ネタが過激すぎたからかぶせたんですか?」
 後に当時の若手スタッフが、放送直前スタッフに電話で自主規制音をかぶせることを指示した北森にその理由を聞いた。
「違う違う。あんまりつまらん芸人やから全部ピー音でかぶせた方がおいしかったんや。俺らにも、あいつにもな」



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