第248期 #8
軒下で燕が枯草や泥を忙しなく運び、急造した巣で卵を温めだしたかと思えば雛鳥の声が響き始め、今度は採餌給餌に奔走している。四羽いた雛のほとんどはあっという間に大きくなり、そろそろ巣立ちの時期だった。一羽だけ中盤で地面に落ちて潰れ、息子は原型を失っていく残骸を見るたび「なんで動かないの?」と振り向いて私に尋ねた。
「死んじゃったんだよ」
「どうして死ぬの?」
最終的にはいつも、私は彼と「生きる」ということについて議論した。小さな左右の手に各々掴まれた私の手は薄く汗ばむ。何度言葉を重ねても、核心に至る前に息子は痺れを切らし駆け出した。私の背丈の半分ほどの息子は両手を目一杯広げて走り、私は後ろから息子と手を繋いだまま、中腰で引きずられるようについて行く。
最初に手を取ったのは私の方だった。力が入らず掴まり立ちから一歩踏み出せないでいた息子の両手を、もどかしくなって引っ張り上げた。妻が撮った写真を見ると、二本の足で立つことの叶った彼の顔には、嬉しさが溢れていた。
私の手に引かれ、バンザイの形に両手を上げた彼は歩き始めた。歩くことに精力的な彼の足は日を重ねるごとに力強くなる。それでも、彼自身が私の手を離さなかった。
「あなたがそういうものだと刷り込んだんでしょ」と指摘する妻は、バンザイが彼の歪んだ歩行ひいては走行フォームとして定着することを懸念していた。妻の言う通りかも知れなかった。
私が支えることで格段に広がる彼の自由を、私は私のエゴゆえに奪えなかった。雑草だらけの空き地だろうが近所の婆さんに見られていようが、息子は構わず柔らかな頭髪をなびかせて突き進む。興奮の閾値に達すると彼は勢いよく跳ね上がる。私は黒子となり、軋む腰に力を込めて彼を飛翔させる。否、私も一緒に飛んだのだ。足をばたつかせて笑う息子の声は大空に響いた。二人ならどこまでも飛んでいけた。そう思えた。しかし勿論それは錯覚だった。
親鳥が帰って来るのを見上げた拍子に、腰を強い痛みが襲った。足のもつれた私の手を息子はもどかしげに振り払い、道を先へと駆けていく。弾かれた私の両手は千切れてどこか彼方へ飛んでいく、ような気がした。
待ちなさい、危ないから、手を繋ごう。
躊躇いが取り返しのない事故を招くとは思った。それでも一瞬口をつぐんだ。初めからそうであったかのように、自らの足で上手に大地を蹴る息子の後ろ姿を、私は目に焼き付ける。