第248期 #6
「行ってきます」
ひとり暮らしになって日が経つが、何となくそう呟いて家を出る。勿論答えてくれる人もいないし、誰かが応えてくれることも期待していない。
しん、とした1Kのアパートの一室を閉じこみ、鍵をかけた。
……やはり、猫でも飼おうか。
毎日会社と家を行き来するだけの生活は、少し……いや、だいぶ疲れる。
馴染めない職場。曖昧な指摘ばかりする上司。減っていく同期。
毎日怒られながら仕事をしていると、自分が何も出来なくて無能であるかのように錯覚するようになった。(私が無能であるならば私よりも仕事をしていないあのクソ上司はミジンコなのだし、そうではないはず。)
辞めたいと思うことも多いが、次の職場が見つかるとも限らない。しかし、定年までこの職場に居続けたくはない。
日々のストレスと漠然とした不安で、毎朝吐き気と戦いながら出勤をするほどになった。毎日複数の薬を飲んでまで、私は何をしに行くのだろう。
まだ鬱ではない。しかし、それも時間の問題だ。そうなる前に手を打たなければ。そうした焦りの中で出した結論が『猫を飼う』なのだ。
猫は万病に効くというではないか。ストレスにはうってつけのトップセラピストだろう。
あのもふもふとした毛玉に顔をうずめたい。ネコ特有のにおいで鼻孔をいっぱいにして幸せになりたい。
いや、触らなくても家に帰ってきたときにもふもふとした生き物が出迎えてくれるというのはそれだけで癒しになりえるのではないだろうか。私が帰る頃は、お腹が空いたと鳴いて寄ってくるだろう。餌を与えたときに「私が養ってあげている」、「私がいなければこの子は生きてはいけないのだ」と考えると、生きている心地になる。仕事をする意義にも繋がるだろう。
しかし、長毛の猫は毛の生え変わり時期が大変だというから、飼うならば短毛の種のほうがいいのだろうか。いや、ブラッシングをしている時間が癒しになるのでは?種類は何が良いだろう。名前もとびきり良い名前を考えてあげなければ。
そんなことを考えながら電車に揺られていれば、吐き気も呼吸も一瞬だけ忘れることが出来る。猫の事を考えているだけで良くなるのだから、やはり猫を飼おう。家に猫がいたら、良くなるに違いない。
気道がふさがりかけているかのような息のし辛さは仕事に打ち込んで入ればそのうちに止まる。吐き気も、薬を飲んだから吐くほどまではいかないだろう。
早く猫が飼いたい。
だから今日も頑張るのだ。