第247期 #8
蒸し暑い七月の夕暮れ。微かにそよぐ涼風を求めて、私はブラブラと川縁を散歩していた。
ふと、耳を澄ますと、何処からかお囃子が聞こえてくる。
音のする方へ歩を進めると、果たして紅白幕や提灯で彩られた神社が姿を現した。屋台が軒を連ねており、どうやら縁日の日であるらしかった。
戯れに境内の中を彷徨いていると、とある見世物小屋が目に入った。
賑わいを避けるように建てられた天幕。幟には荒々しい筆致で『本邦初公開! 摩訶不思議! 是ゾ天使ノ剥製也』とある。
河童や人魚の木乃伊なら知っているが、天使の剥製とは聞いたことがない。
なあに、どうせ偽物だ。どれ、ひとつ冷やかしてやろう――そんな心持ちで、天幕へと入った。
妙に閉塞感を覚える薄暗い空間の中央に、ソレは展示されていた。
青白い皮膚をした何者かが、赤い絨毯の上に寝そべっていた。縮れた金髪の下、整った顔立ちは少年にも少女にも見える。眉間に深く刻まれた皺、固く閉じられた瞼は、正しく苦悶の形相で、何か真に迫るものがあった。背中から飛び出した羽根も斑に汚れており、どこか悲壮感すら漂わせている。
「如何ですかな?」
唐突な声に驚き振り返ると、道化姿の一寸法師が立っていた。彼がこの見世物小屋の座長なのだという。
「見事なものですね。まるで本物の天使だ」
「まるで本物? では、これが偽物だと仰る?」
心外とばかりに、座長は首を振る。私は苦笑して、
「河童や人魚より出来は良いですがね。どうせなら、天狗にするべきでした。天使じゃちょっと日本人には馴染みが薄い」
「仕方ありませんや。くたばってたのが天使だったもんで」
座長は肩を竦めると、ニヤニヤと笑いながら天使を見下ろし、
「青森の戸来村の近くで知人が見つけましてね」
戸来村と言えば、先年、キリストの墓が発見されたと話題になっていた村である。『竹内文書』で有名な竹内巨麿によって紹介され、山根キクも著作の『光は東方より』で触れている。
だが、どれも荒唐無稽な話だ。キリストの墓は偽物だろうし、この天使だって作りものに過ぎないはずである。
「そもそも、天使が人間と同じように死にますか?」
「さあて、あっしには難しいことは解りやせん。ただまあ、飢饉だ、不況だ、徳がねえ世の中だ。天使様だって絶望しまさあ」
そう言って、座長はゲラゲラと笑った。
気分が悪くなり、私は天幕を後にした。
言い知れぬ不安から、逃げ出すようにして。